パール判事の日本無罪論

パール判事

パール判事の日本無罪論と、パール博士の人となりについて

今回は、私の尊敬する人の一人である、パール判事について記述したい。

1.パール判事とは

ラダ・ビノード・パール博士

ラダ・ビノード・パール博士

パール判事(ラダ・ビノード・パール)は、第二次世界大戦後の極東国際軍事裁判で判事を務めた人である。11人いた判事の中で、唯一国際法に精通していた専門家で、被告全員の無罪を主張した唯一の人である。インドの国際法学者でベンガル人である。1886年に生まれ、1967年に82歳で亡くなっている。
現在でこそ、「極東国際軍事裁判(以下、東京裁判)」は、まともな国際法学者ででそれを認める人は皆無と言われる。全く法的根拠がなく、完全に日本に対する復讐あるいは封じ込めを「裁判」という名の下で行っただけである。しかし、それが占領軍のもと儀式として堂々と行われた。
パール博士はそれに対し、当時から敢然と東京裁判の矛盾を主張し、被告全員の無罪を主張した。決して日本擁護の視点からではなく、国際法の専門家として法がゆがめられて使われていることに対する主張であった。
当時もパール博士は、インド出身のため白人に対して反感があるからだ、と言われたそうだが、本人はそれを否定している。非常に熱心な国際法学者で、東京裁判が如何にむちゃくちゃな主張により「戦争犯罪人」を作り出し、勝手に処罰しているかについて、国際法を駆使して反論した。結果、英文で1,200ページにも及ぶ「パール判決書」という形でまとめられたが、占領軍は当然それを発表せず、多数派のみの判決が、あたかも全員一致かのように発表されている。
その後「パール判決書」はしばらく日の目を見ないが、GHQの占領が解けた4年の月日を経て日本語で出版されている。また、その頃になるとパール博士の主張が国際法学会でも取り上げられるようになり、ついにイギリスでも、「パール氏の主張が絶対的に正しい」と言われるようになっていた。

2.パール判事の主張

パール判事の日本無罪論

パール判事の日本無罪論

私が、パール博士とその主張を知ったのは、有名な「パール判事の日本無罪論」(田中正明:小学館文庫)を読んでからである。この本を読むきっかけは忘れたが、この本に出会えたことは本当によかった。この本は比較的に読みやすく、500円程度の本なので、是非お勧めである。
この本を読んで、そしてパール博士の主張を見て、日本の自虐史観という物の現実を見せられた気がする。また、それに対して「法の適正な運用」という使命感の下で、パール博士が主張した内容、またその後の活動に本当に感動した。決して思想として日本に対する同情ではなく、自分が学んだ国際法が正しく使われることを追求し、それをゆがめられたことから、東京裁判を非常に論理的に批判している。まさにプロとしての誇りと、高い自覚を見せつけられた気がした。一人の個人としても、本当に尊敬に値する人物であると感じるとともに、その誠実な人柄と行動に涙が出るほど感動した。

パール博士は、東京裁判当初からそれに対する疑問を呈していた。「裁判の方向性が予め決定づけられており、判決ありきの茶番劇である」と主張している。それを国際法の観点から、論理的にまとめたのが先に示した「パール判決書」である。
パール博士は南京事件についても、「この物語のすべてを受け入れる事は困難である」と言って、その正当性に疑問を投げていた。また、アメリカが突き付けた「ハルノート」に対し、「ハル・ノートのようなものをつきつけられれば、モナコ公国やルクセンブルク大公国でさえ戦争に訴えただろう」というほど、日本が戦争に引き込まれた現実を、よく理解していた。

3.パール博士の日本への思いとエピソード

またパール博士は、東京裁判後の日本に対し、このような不当な「裁判」に屈せず、強く発展してほしいと願っていた。その後何度か日本に呼ばれて訪れているが、その都度、日本に対して日本人自身が罪の意識を深く持っていることに対して、義憤を感じている。広島の原爆慰霊碑を訪れた時の、氏の発言がそれを深く物語っている。
パール博士は、その碑に刻まれた文字に目を止められ通訳に何がかいてあるかと聴かれた。『安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから』と聞いて、みるみる表情が曇ったといわれる。以下、産経新聞がまとめた記事の引用だが、是非見てほしい。

「この《過ちは繰返さぬ》という過ちは誰の行為をさしているのか。もちろん、日本人が日本人に謝っていることは明らかだ。それがどんな過ちなのか、わたくしは疑う。ここに祀ってあるのは原爆犠牲者の霊であり、その原爆を落した者は日本人でないことは明瞭である。落した者が責任の所在を明らかにして《二度と再びこの過ちは犯さぬ》というならうなずける。この過ちが、もし太平洋戦争を意味しているというなら、これまた日本の責任ではない。その戦争の種は西欧諸国が東洋侵略のために蒔いたものであることも明瞭だ。さらにアメリカは、ABCD包囲陣をつくり、日本を経済封鎖し、石油禁輸まで行って挑発した上、ハルノートを突きつけてきた。アメリカこそ開戦の責任者である。」

この後、博士は「東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わなかった。」と嘆き、そして「東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ。」と漏らしたという。

パール博士が、1952年にBC級戦犯の家族と会った時のエピソードもある。戦後まもなく、戦犯の家族として悲痛な面々に対し、パール博士は、

「戦犯といわれるが、決して犯罪者ではありません。全員無罪です。何も罪を犯したのではないのです。恥ずべきことはひとつもありません。世界の人たちも、戦争裁判が間違っていたことを少しづづ分かり始めたようです。しかし、わたくしは、今さらながら自分の無力を悲しみます。ただご同情申しあげるだけで、わたくしには何もできません。・・・けれど戦犯釈放にはできるだけ努めます。これ以上、罪のない愛する者同士を引き離しておくわけにはいきません。・・・わたくしは倒れそうです。・・・許してください。」

と言って、博士は、言葉も途切れがちに、ようやくこれだけ述べて合掌するのみであったそうである。

4.パール博士を見て思うこと

何度も日本を訪れて、自責の念を思いつつ、日本人に勇気と自覚を促したパール博士には、深く尊敬するばかりである。パール博士のプロとしてのプライドと強い信念に基づいた行動には、学ぶことが多い。一人の日本人として、そうした人がいたことと、パール博士の意志をしっかり受け止められれば、と思う。本(➡「パール判事の日本無罪論」(田中正明:小学館文庫)を読むと、日本の戦犯意識が如何に間違っているかということに加え、パール博士の情熱を感じられると思う。

コメント

    • 岩内
    • 2017年 10月 20日

    涙が出そうな内容ですね。是非とも本を読んでみようと思います。
    自主憲法を制定し、正しい教育を行い、早く戦争の亡霊(GHQの洗脳)から脱却したいですね。

      • てつ
      • 2017年 10月 21日

      そういってもらえると、嬉しいです。パール博士は、本当に尊敬できる人ですのでお勧めです。

      「GHQの洗脳」とはまさに正しい表現ですね。更にそこには、中国共産党とソ連の影響がかなり入っていますが・・・。
      また、まとめてみますね。

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