国旗「日の丸」と日本の起源を探る

日の丸

国旗「日の丸」から日本の起源を探る。

新元号の「令和」になる直前として、日本の国旗である「日の丸」を取り上げた。現在は国旗を掲げただけで「右翼的」と言われる風潮が見事に作られてしまったが、そんなものではない。世界に類を見ない歴史を持つ「日の丸」についてまとめた。是非、ご覧いただきたい。

1.国旗「日の丸」

「日の丸」は非常にシンプルで面白くない国旗のようにも思う。私も小さい頃はアメリカの星条旗や他の国の少し難しい国旗を見て、かっこいい、と思ったものである。

しかし、「日の丸」の思いを知れば、いかにこれがシンプルでかつ美しいものかと思うようになった。一言で言えば「日の本」日本を象徴するデザインであるまさに空に浮かぶ太陽を象徴した国旗で、シンプルにそれを表現したものである。

日の出
日の出

今は1種類が正式であるが、日の丸には2種類ある。一つは「日章旗(にっしょうき)」と言われるもので、現在通常で使われているものである。もう一つは「旭日旗(きょくじつき)」と言われ、大東亜戦争の「軍国主義」を象徴すると言われてしまった存在になっている。いずれも、空高く上がる太陽を示した物で、「日の本」日本にふさわしい国旗と思う。

国旗「二の丸」
国旗「日の丸」

2.世界最古とも言える国旗「日の丸」

ではこのようなシンプルな国旗はいつから使われているのか。これは諸説ありはっきりしない。それほど古いと言うことである。

神武天皇
神武天皇

古代の古墳時代から「日の本」というのは意識されていた。飛鳥時代に変遷された古事記でも、初代天皇の神武天皇が、奈良の生駒山で負けた後にこう言ってその進路を変えている。

「私は日の神の子孫として日に向かって(東に向かって)戦うのはよくない、日を背にして(西に向かって)戦おう」

こう言って熊野に迂回して近畿地方の征服を成し遂げた。このように日をあがめる考えは日本では定着していた。
また、701年頃には文武天皇(第42代天皇)が「日の丸」の原型である「日像」の旗を揚げていたことは知られている。

また、平家物語で語られる「屋島の戦い」(元歴2年:1185年)で、弓の名手那須与一(なすのよいち)が、遠く離れた「日の丸の扇子」を見事居抜き、敵・味方から喝采された、というエピソードがある。

勘合貿易船
勘合貿易船

さらには、室町時代(1300年頃)の勘合貿易、豊臣秀吉や徳川家康の朱印船貿易などの船には、「日の丸」が掲げられていたという。
当時、明確に「国」という概念がなかったにも関わらず、「日の丸」が日本の象徴として使われていたことは、実に興味深い。

そして、このような「国旗」の歴史は、大国では圧倒的に日本が最古である。日本の先人達は「日の丸」を自分の国を表す象徴として、誇りを持って使用し、敵・味方関係なく、自分の国の国旗として使用してきた。

3.「日の本」日本を象徴する数々

(1) 天照大神(あまてらすおおみかみ)

天照大神
天照大神

天照大神(あまてらすおおみかみ)は、日本神話の始祖で神武天皇より遙か前に生まれた神様である。「アマテラス」という名前が示すように、「アマ」である「天」を「照らす」神様で、すなわち「太陽神」と考えるのが普通である。なお、兄弟には月の「月読尊(つくよみのみこと)」、大地の「須佐之男命(すさのおのみこと)」がいる。

天照大神は「伊勢神宮」に祀られて、日本の神々の頂点としての存在として慕われる。やはり日本は「日の国」であることの象徴とも言える。天照大神が天の岩戸に隠れた時に、世の中が全て暗くなったという神話の「天の岩戸隠れ」など、まさにその象徴と言える。

日本人は神話のスタートから、太陽をあがめて大切にしていた。

(2) 卑弥呼(ひみこ)

卑弥呼
卑弥呼

卑弥呼(ひみこ)の時代になると、少し時代は降りてくる。とはいっても3~4世紀頃と推測されるから、今から2000年近く前の話だが。

ここで、「卑弥呼」という字に私は昔から違和感を感じていた。「卑しい巫女」という漢字にもみえ、なんでこんな漢字で習わないといけないのかと思った事を良く覚えている。

実は「卑弥呼」という名前は、日本の国書(古事記・日本書紀)には出てこない謎の人物なのである。だから、卑弥呼がどこの人か「畿内説」「九州説」といった学術論争が起こるのである。
ではどこで出てきたかというと、当時いわゆる「三国志」の時代であった支那の「魏(ぎ)」が書いた「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にその名前が出てくるのである。その時に「卑弥呼」という、いかにも支那の支配者がつけそうな、嫌らしい名前が付いてきた。

それを深く見てみたい。漢字にだまされるといけない、というのは日本古来の「やまとことば」を学ぶ人達が共通して言うことである。「ひみこ」と見たとき、「日の巫女」とみる方が、至って自然ではないだろうか。となると、実は「天照大神」と全く同じ存在ではないか、といった憶測まで立ってしまうが・・・。

とにかく、「卑弥呼」は「日の巫女」であると考えると、「日本」という国及びその国旗と全く整合する。

(3) 日向、出雲

九州の古代部族
九州の古代部族

地名から見ても、日本という国がいかに「太陽」を慕ってきたかが見えてくる。

日向」という漢字をみて、ほぼ全員が「ひゅうが」と読むだろう。古代において九州地区で大きな勢力を持っていたとされるのが「日向族」である。しかし、この読み方を「日向」ではなく「ひむか」と読むと、これこそ太陽を尊重し続けた日本人が見えてくる。実際に「ひむかぞく」と読む。

「日向」は今も九州に地名として残っている。しかし「ひむか」としてはあまり知られていない。そして、この「ひむか」の巫女が「ひみこ」であったとするのが、卑弥呼の「九州説」の一つなのである。

出雲
出雲

そしてもう一つ挙げておきたいのは、「出雲(いずも)」である。出雲大社で有名な出雲だが、神話の舞台として非常に重要な地である。
これは日が直接は出てこないが、山の多い日本において空に「雲」がよく立ち上がる情景を表現した名称と言える。「出雲」というと日の丸と関係ないようにも思えるかも知れないが、空に雲が立ち上がる姿を想像すると、「日の丸」との関連を思える名前と思う。

4.「日の丸」を否定する反日活動の目的と愚かさ

日の丸
日の丸

そして今の時代の最も不幸なのは、これほど誇らしい「日の丸」あるいは日本の国旗を掲げると「右翼」と言われる風潮である。

当然これは、大東亜戦争に負けてから、GHQを中心とした勢力が以前の日本を全て否定するいわゆる「自虐史観」を植え付けた事によるものである。しかし戦後70年以上経った今、GHQのせいにする話ではない。

日本の中にいる「反日勢力」は、これほどの歴史と想いをもつ「日の丸」すら「軍国主義」という。あまりに下らないし、歴史を知らない浅はかな議論と言わざるを得ない。これが、支那(中国)や韓国などのあからさまな反日国家がいうならまだわからないでもないが、日本人自身がこれをすることがいかに愚かなことか、是非知ってほしい。

日本の「日の丸」に変な思想はない。ただただ、「太陽」を大事にし感謝する証としての旗である。日本を作っていった先人達が、2000年近くも大切にし心のよりどころとした美しい旗なのである。一度戦争に負けたくらいで色褪せる物ではない。大事にしていきたい。

5. 祝日には国旗「日の丸」を!

もっと日本国旗を愛するといいと思う。それが、地域を愛し、国を愛し、自分を大切に出来ると思う。そして日本国旗には、それにふさわしい歴史と美しさがあり先人達の思いがある。

マンション用国旗
マンション用国旗
国旗の議論をすると、なぜか「右翼」と言われる。これこそが、支那と韓国のやってきた「反日思想」そのものである。日本人がこれに踊らされている今の状況は、本当に危機的なものを感じる。

しかし、日本の国旗の歴史を知れば、日本人なら理解し誇りに思うと思う。是非、祝日には日本の国旗を掲げたい。かくいう私も、初めてではあるが、マンションの用の国旗を買ったので、「令和」となる2019年4/30~5/1は国旗を掲げてみようと思う。

日本に生きる一員として

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コメント

    • 優子
    • 2019年 5月 01日

    日出づる国、日本。
    この前の講演会で日の丸国旗を見ながら国家斉唱をしたけど日本人である事を誇りに思った瞬間だったよ。それもこのブログのおかげです。

      • てつ
      • 2019年 5月 02日

      この前の「虎ノ門ニュース」で藤井さんと井上さんと居島さんが、3人で国家を歌っている光景もぐっときたよ。

      日本を誇っていきたいですな。

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