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学びて時に之を習う~

「学びて時に之を習う~」に思うこと

ブログ初の投稿として、私の好きな「論語」から最も有名な句であるこの文から始めたい。

左が漢文の原文と読み下し分である。訳文は下記のようになる。
『学問をすること、そして実践をとおして学問を身につけていくこと、これは無上の喜びである。しだいに同志ができ、見ず知らずのその同志たちが集まってくる。こんな楽しいことはない。人に認められようが認められまいが、そんなことは気にかけずに勉強をつづける。これが本当の君子である』
(徳間書店:論語)

この文の前に、論語について少し述べたい。論語とは言わずと知れた孔子とその弟子との問答等の集めたものである。孔子は紀元前500年頃の春秋時代の中国の思想家でありはるか2500年前の思想家とその弟子とのやり取りであるが、現在で見ても非常に示唆に富んでいて、勉強になることが多い。また、私の理解で考えれば、「論語」は決して経典ではなく、読み方は人それぞれでいいと思うし、また同じ人でも時期によって読み方が異なってくる。そんな気持ちで読むと面白い。

さて、この文をこのブログの最初に示したのは、「学ぶ」ということの楽しさをわかりやすく、また深く表現していると思うからである。私は普通にサラリーマンとして働いている。世の社会人と同じく、または人より若干強く、仕事にのめり込み始めるとそればかりになる。仕事に没頭することは悪いことではないと思うが、そればかりでは人間として狭くなり、結果的に仕事の質が落ちるように感じる。私も仕事ばかりの時期も多くあったが、その時期には余裕がなかったと反省することも多い。
「学ぶ」ことは、社会人にこそ必要と思う。最近になり少しずつ、仕事と「学ぶ」ことの両立ができるようになってきたように思う。「知る」ということそのものも楽しいが、この文にある通り、それにより仕事の仲間であったり周りの人と楽しく話ができ輪ができると、更に勉強をする気になり楽しく思う。

会計士として経済に、またプログラムの仕事をしているのでIT技術に、そして昔から好きな歴史に、と、いろいろ興味の尽きない私だが、そんな勉強と仕事の両立をしながら、社会人として楽しんでいきたい。そんな気持ちにぴったりとあてはまるのがこの言葉であると改めて思う。

4件のコメント

  1. 努力を続ける意味は、現代は「努力は必ず報われる」で現代との違いを感じますね。

  2. お店を続ける原点のよう。
    自分のやりたい道を追求してると不思議と同志や仲間が集まり、今では宝物。15年とい短い中でも続ける大切さ、自分の追求する世界を突き詰める楽しさが感無量なり。

    1. 仲間が集まる、というのはやはりいいよね。共有できると励みになります。
      とはいえ、「人知らずして~」というところも好きだけどね。

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