人のおのれを知らざるを患(うれ)えず、おのれの能なきを患(うれ)う。

人の己を知らざるを~

「人のおのれを知らざるを患えず~」に思うこと

また、論語の一説を取り上げたい。

左が漢文と読み下し文である。訳文は以下のようになる。

『自分がみとめられないことに不満をもつのは筋違いである。認められるだけの実力が自分にないことを思うべきである』(徳間書店:論語)

論語の中の「憲聞」の章にある言葉である。「学而」にも似た言葉があるが、「憲聞」のこの言葉の方が好きなため、これを挙げる。

この言葉は、特に仕事のときにできるだけ意識するようにしている。仕事を指示するときや説明するときに、相手が理解しないと相手の理解力に対し不満を持つことはある。しかしそれでは前には進まない。その相手を理解させられない自分を憂うべき、というこの言葉には学ばされる。

特に仕事で思うことではあるが、何事も一人ではできず、必ず人と協力しながら事を進める。その時に、一緒にやる人が理解をしていないまま進めても、事はうまくいかない。進んだとしても、指示通りやった程度の成果しか生まれない。
一緒にやる上で大切なのは、趣旨あるいは目的の理解だと思う。その趣旨の理解なくして、方法だけの指示ではなかなかうまくいかない。その上で、この言葉には非常に深く感じ入る。つまり「知らざる」というのは、その指示した内容というより、その「趣旨」あるいは「目的」の事と考える。この趣旨の理解なくして、いい成果は生まれないと思う。

言葉としては少し違うが、前に挙げた「坂の上の雲」の「優れた戦略とは(中略)素人でも十分に理解できるような簡明さをもっている」とも、通じるものがあると思う。ここで注意したいのは、内容が簡単であることが必須条件ではない。その「説明」が簡単であり説得力があることが重要であると理解している。深く複雑な戦略であっても、その実行の戦術や説明はわかりやすくなければいけないということである。

とにかく、常に説明は人にわかるような簡明さを持ち、そして「理解」を得るというプロセスはどんな時も大切であると、胸に刻んでおきたい、と日々思う。

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