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勝兵は勝ちて後に戦いを求め~

孫子「勝兵は勝ちて後に戦いを求め~」に思うこと

孫子の兵法からの一説を取り上げたい。

読んだ通りだが、あえて意訳すれば下記の通りになる。

『勝つ人は勝つ条件を整えてから戦いに挑む、負ける人は(戦略なしに)戦いを始めてから、勝つことを望む』

常に意識している言葉である。非常に示唆に富んでいて、学ばされる一説である。
何かに挑む際に、自分に対し、「勝つ条件」を整えたか、あるいは少なくとも「勝つ条件」ということを意識したか、と必ず自問する。挑むことそのものは目的ではない。挑むということは何かの目的があるはずである。その成果を得るために「勝つ条件」を整えることは重要である。
また、「敗兵」は「勝ちを求む」という表現も非常に現実に即した面白いものと思う。「求む」ということは、ある意味「神頼み」といったところか。
なお、ここで強調したいのは、「勝つ条件」を考えることはひいては「勝つ」ことそのものを意識し具体化することである。ゴールをより明確に設定し意識することに他ならない。

特に仕事上の会議の時など、強く思う。私は無駄な会議が大嫌いである。単に集まってダラダラ話すだけなら、やる必要がない。私が自分で会議を行う際には、必ず成果物を意識して行う。会議での成果物と言えば、集まった人達の合意であろう。その成果を得るのに会議の場で決めようと考えていては、まさに孫子のいう「敗兵」である。「戦いて後に勝ちを求む」では、いい成果は得られない。会議の前に調整をし、「勝ちて後に戦いを挑む」形にしたうえで、会議にて合意を得るのである。とはいえ、「勝ち」の確率が低くても戦いに入らざるを得ないこともあるのは否定できないが・・・。

「手段の目的化」という言葉がある。手段ばかりに論がいってしまい、目的を見失っていくということかと思う。この手の話は非常に多い。先の会議の件も会議が目的化する場合もあるし、過去からの仕事のルールで現在は意味があるのかわからないものなど、まさにこれにあたる。ここに挙げた言葉とは直接関係ないかもしれないが、「ゴール」あるいは「目的」を見失わないように、という意味では、共通するものと思う。

とはいえ、常に「目的」を意識するのは仕事や勉強の世界だけでありたい。矛盾するようだが、日常生活はそんなことも意識しつつ、「目的」のない時間も楽しみながら、ゆったり過ごせればと思う。

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