出光佐三氏の言葉に思う~日章丸事件に見る経営哲学~

出光佐三氏

出光佐三氏の言葉に思う。

出光佐三とは、出光興産の創業者である。数々の伝説を残した人だが、その名言も素晴らしい。私の好きな言葉と共に、出光氏について記述する。

1.出光佐三氏とは

その出光佐三氏の言葉で次のようなものがある。

終戦から2日後の8月17日、社員一同に対し僕は3つのことを伝えた。
1.愚痴を止めよ。
2.世界無比の三千年の歴史を見直せ。
3.そして今から建設にかかれ。
出光佐三氏

出光佐三氏

出光佐三氏は、1885年に生まれている。1981年に96歳で亡くなっているが、たぐいまれなる経営者であった。戦後、日本が全く自信をなくしているときに、会社を再建するに当たって出光氏の打ち出した経営方針は、他と全く異なるものであった。

「タイムカードなし」
「出勤簿なし」
「馘首(かくしゅ:解雇すること)なし」
「定年なし」

の経営方針で、徹底した家族主義により社員を育てた。しかも数千人企業といういう規模でも、これを徹底していたのである。

そして、出光氏を表す最も象徴的なことが、「海賊と呼ばれた男」で小説や映画にもなった、「日章丸事件」である。

2.日章丸事件(昭和28年:1953年)

当時のイランは、世界でも有数の石油産出国だったが、イランの石油は完全にイギリスが権利を握っており、湧き出る石油利益の90%近くを独占していた。当時、イランの人々の80%が慢性的な栄養失調に陥っており、食べるものにすら苦労していたというから驚きである。

ついにイランでクーデターが起こり、イギリスの搾取に『ノー』を突き付けた。このイランの対応は、アメリカに次いで世界2位の軍事力を持つイギリスをとてつもなく怒らせた。
その後、イギリスはイランと石油を取引する会社の船は、イギリス海軍の力で撃沈する、とまで言い切ったのである。
しかしそれでも、イランの石油の安さに、多くの海外企業がイランを訪ね、石油契約をしようと持ちかけてき。イランは期待したが、どこの企業も契約をかわしたっきりで、実際にタンカーを持ってくる企業はひとつもなかった。誰もが結局、イギリス海軍の力を恐れていた。

しかし、出光佐三氏は、日本における石油の窮乏もあるが、イランのこの不条理な状況にも義憤を感じ、結果としてイギリスを敵に回してでも石油を買い付けるという判断をする。68歳になった出光氏はこの時、何の後ろ盾もなく、ただの日本の民間企業でありながら、イギリス海軍を敵に回す覚悟を決めた。

日章丸

日章丸

日章丸は、船長と機関長以外、乗組員にすらも目的地を告げず、ひっそりと日本を旅立った。インド洋に向かう途中で、「アバダンへ向かう」という船長の宣言とともに、出光からの手紙が読み上げられました。出光の社員たちは、「アバダンへ向かう」という話に耳を疑い、正気かと考えていたが、出光氏の手紙を聞いて、出光氏のこれまでの行動を思い、国を思い、自分たちのこれまでの生活を思い、「自分たちの手で、国の未来が作れるかもしれない」、と、決心を固めた。

日章丸航路

日章丸航路

イギリス海軍に決して見つからないよう、座礁しないよう、静かに静かにアバダンへと船を進めていた日章丸でだったが、ついにマスコミにその存在をキャッチされる。日章丸はアバダンに到着したが、もうマスコミに知られてしまった以上、逃げることはできず、日本の出光は記者会見を開き、世界に対して、イランと石油取引することを公表する。「日章丸がイランに到着しました。これからイランと石油の取引を行い、日本に持ち帰ります」この言葉に世界中が湧き、質問が殺到しました。イギリスに沈められるかも知れないという中、それらをかいくぐり、日章丸は日本に石油を届けることに成功する。

一方、イギリスはこのように声明を出した。『日本が行っているイランとの石油取引、壊すためにあらゆる手段を使う必要がある』。日章丸は、世界中の人間が注目する船になった。一方、出光側は、これと同時に記者会見を行い、イランとの石油取引は公正であり、国際的にもなんらルールに反する行動ではないと主張した。
そして日本で裁判が行われる。この敗戦直後の日本で、ただの民間企業が、堂々とイギリス相手に裁判で戦うなど、考えられないような話だった。

出光氏の記者会見

出光氏の記者会見

出光氏の「この問題は今、国際問題になっています。しかし私は、日本国民として、自分の心にも自分の行動にも、一点も恥じることなく、裁判を最後まで行うことを誓います」
という、あまりにも堂々とした主張に、法廷の中には感嘆の声があふれたという。日本中に出光を応援する声が響き、世論は、『出光を処分したら許さない』という方向に流れて行った。また、イギリスは、戦争で勝ったというおごりがあり、また、戦勝国は敗戦国になんでも言えるとも考えていた

しかし、裁判の結果はイギリスの予想を大きく裏切るようなものだった。『イギリスの言い分を却下し、裁判にかかった費用もイギリスの負担とする』。
日本中が喜びの声に震える中、イギリスは怒り、控訴も行ったが、最終的には諦めざるを得なかった。

イランは飢えから救われ、日本人は粗悪品を高値で売りつけられることもなく、石油製品は一気に値下がりし、日本の高度成長期を支えました。まさに、68歳の老人の決断が、世界を変えた瞬間だった。

裁判を終え、日章丸が2回目の石油取引のためにアバダンへ向かうと、イラン人の熱烈な歓迎があったという。モサデク首相は日章丸の乗組員を呼び寄せ、握手をしながら深く深くこう言いました。「あなた方日本人の勇気と偉大さを、イラン人は永遠におぼえているだろう。」イランは、どの国も自由に石油を買い付けにこれるようになったが、最初の日本との石油取引だけは無料とし、その後も日本だけは、半年間の取引のすべてを半額とした。

海賊と呼ばれた男

海賊と呼ばれた男

イランと日本とには、そのようなつながりがあったのである。この「日章丸事件」は、百田尚樹氏の小説にあるので、興味のある人は是非おすすめである。

3.出光佐三氏の言葉に思う

出光氏の名言は数々あるが、今日あげた言葉が特に印象に残っている。

1.愚痴を止めよ。
2.世界無比の三千年の歴史を見直せ。
3.そして今から建設にかかれ。

出光氏は、常々「金の奴隷になるな」といい、商売の上での哲学を強調している。それを端的に示しているのが、上記と思う。
グチグチいうことはせず、日本の先人達の知恵を顧みながら、次の時代を作っていこう、という非常に力強い言葉であり、勇気を与えてくれる。今の日本にも十分通じる、力強い言葉と思う。出光氏の功績も思いつつ、見習うべき事を多く思う言葉である。

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コメント

    • 優子
    • 2018年 4月 21日

    百田さん、◯の門、火曜日ファンとしては読んでみようかなー。こういう日本人の素晴らしい話しをまた紹介して下さい。とても勉強になります。

      • てつ
      • 2018年 4月 22日

      先人達の活躍は、やはりうれしいね。知っておくと心強いです。

    • ゆかり
    • 2018年 4月 26日

    そんな素晴らしい事があったなんて知らなかった!!
    海賊と呼ばれた男は確か漫画にもなってたと思うから読んでみますー。
    経営哲学、改めて学ばせてもらいました◎
    ご紹介ありがとう!

      • てつ
      • 2018年 4月 27日

      「海賊と呼ばれた男」に漫画があるとは、知らなかったわ。
      読んでみるわ、といいつつ、「へうげもの」もまだ読めていないねぇ

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