「神社巡り」のお勧め!

靖国神社の大鳥居

「神社巡り」の楽しさをご紹介!

古事記などに触れるようになり、「神社」というものに興味を持つようになった。「拝むところ」としか思っていなかった神社は、勉強すればするほど、実は神社は歴史をつむぐ非常に重要な拠点であることを思い知る。そして、土地であり日本でありに対する見方が、非常にいい意味で見直されることが出来る。是非、そんな面白さをご紹介してみたい。

1.神社と神道とは

「お寺」と「神社」は違う、とよく言われる。そのあたりもあまり知らなかった私が、神社を巡ることを好きになるとは、自分でも新鮮に思う。
お寺は仏教の施設であるため、必ず仏様がまつられる。一方で神社は、その神社によっておまつりする神様(御祭神:ごさいじん)が違いその神社の由来は、それぞれ特徴がある。神社には「鳥居」があるので、それが目印になると思う。

私が神社に興味が沸く一番大きな点は、その「御祭神ごさいじんの違い」である。何らかの理由で、その神社が建てられ、何を「御祭神ごさいじん」とするのかは、当時の人達の思いによるものである。それを知ることは歴史を知ることであり、またそうした歴史や過去の英霊達が守ってきて、そして今守られているんだな、と思う。

こうした「神社」に基づいた考えを「神道(しんとう)」というようである。しかし神道を知れば知るほど、それを「宗教」として位置づけることに違和感を感じる。実際に「神道は宗教ではない」、ということを神道を深く知る人達からよく言われることである。いわゆる日本人的な、「神様はどこにでもいる」という考え方は、まさにこうしたいろいろな神様をまつる「神社」に象徴されていると思う。まさに「八百万神(やおろずのかみ)」に守られている、という発想が「神道」的な考え方、ということと言える。

2.神社と「御祭神(ごさいじん)」と歴史

そして、その神社の「御祭神」は一体誰なのか、この神社が立てられた頃はいつなのか、そしてどうしてこの位置に立てられたのか、ということを調べると、当時の人々の思いや歴史が見えることがある。このように歴史の一部としての神社を見ることが、私にとっての楽しみであり勉強である。

熱田神宮 祭殿

熱田神宮 祭殿

御祭神ごさいじん」はいろいろある。名古屋の「熱田神宮」であれば、三種の神器のひとつ「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」である。その由来は「日本武尊(やまとたけるのみこと)」がここに置いたといわれる。古事記にも日本書紀にも出てくる日本武尊やまとたけるのみことの剣がここにまつられている、という伝統を持つ神社である。日本武尊やまとたけるのみこと景行天皇けいこうてんのう(第12代)の皇子であり、その頃がいつであるかは明確にわかっていない。しかし、熱田神宮はその頃からあると言うことになる。あの織田信長が壇ノ浦で今川義元に奇襲をかけるときにも、熱田神宮で祈願したと言われる。
そうした「神社」にまつわる御祭神などの歴史を知った上で神社をお参りすると、日本に対する気持ちを深く持てるし、それを守ってきた過去の英霊達に感謝する気持ちになれる。また、「守られている」という実感を持つ。

熱田神宮の鳥居

熱田神宮の鳥居

ちなみに私は、「週に一度は熱田神宮へ」と自分に決め、出勤前などに行くようにしている。こうした歴史を知るきっかけとしての神社、そしてその神社は何百年あるいは何千年もの歴史を持っていることを思うと、私は神社というものの価値と、そしてそれを守り続けている日本人の伝統を深く感じられる。

3.地元の神様に感謝し頭を下げると言うこと

そうした思いで町を歩くと、大きな物から小さな物まで、神社が至る所にあることに気づく。そして今はネットの社会である。そうした神社の、①御祭神、②建立の年、③当時の由来、を知るだけで、まったく面白い歴史の教材となる。そして過去の英霊達の気持ちと努力を少し垣間見た気がする。そうしてた気持ちを持ちながらご参拝することで、英霊達の気持ちと一体となった気になれる。

名古屋市の上前津にある「春日神社」

名古屋市の上前津にある「春日神社」

(写真は、名古屋市の上前津にある「春日神社」である。無造作に大通り沿いに存在するが、1000年以上の歴史を持つ。「上前津」という地名にあるとおり、当時、海(津)の目の前であったこの地に建立されたものである。ご祭神は、古事記で出てくる最強の神様「タケミカヅチ」である。)

お参りの方法は「二拝二拍手一拝」と言われる。この「拝」というのは「礼」より更に深く、90度まで下げた礼を心かげると良いようである。こういう話をするとなぜか「軍国主義」という全く無意味で下らない話となることがある。そういう風に持って行きたい勢力によるいいがかりだが・・・。

しかし、地元の先人や英霊達の思いと同じ位置に立ち、そして現在の自分としての願いであったり誓いを捧げることは、非常にすがすがしい。

4.守られて生きている、という実感

もともと理系人間の私にとって、こうした神社とか神とか、あまり真剣に考えることはなかった。正直今でも、霊的なものについて、個人的には見ることも感じることも出来ないため、あまり実感を持ってみることは出来ない。

しかし、ここで上げたとおり「神社」とはまさに歴史であると思うと、それを守り続けてきた英霊達の思いやその土地の力を感じずにはいられない。そして、それらに守られて生きているんだ、という気持ちになる。

「日本はダメだ」、「この先真っ暗だ」という議論が横行している。しかしいつの時代も苦労はあるが、そうした中で2000年以上も守られて生きてきた国である。それを象徴するのが神社でありその根本である天皇陛下であり、そしてそれを守ってきた日本人の知恵と努力だと思う。私にとってこうした英霊達に感謝しながら、そんな気持ちを持って神社を巡り拝むことは、「過去に守られて生きている」という感謝の気持ちと、「現在に生きる自分への発憤材料」としての気持ちを持たせてくれる。まさに「神聖な」場所となっている。

こうした考えも少し持ちながら、地元の神社に興味を持つと、また違った発見があると思うので、是非お試しを!

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コメント

    • ゆうじ
    • 2018年 11月 29日

    そうした思いを持ち続ければ、一日一日を大切に過ごせますね。新天地でも実践してみます!

      • てつ
      • 2018年 12月 01日

      土地や国を大事に思う気持ちはいいですよ。
      是非、神社を起点に。

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