「イギリス」とは?~4ヶ国を学習!~

「イギリス」と呼ばれる4ヶ国連合を歴史と共に見る。

ラグビーワールドカップが大いに盛り上がっている。ラグビーファンとしては忙しく嬉しい悲鳴の日々である。世界ランクトップのアイルランドにジャパンが勝ったのは、つい先日であった。そのアイルランドを含む4つの国が、サッカーと同様に、「イギリス」としてではなく、それぞれの「カントリー」として出ている。その4ヶ国の歴史を中心にまとめてみた。ラグビーとは離れるが「うんちく」として是非ご覧を。

1.「イギリス」という国はない!

日本では「イギリス」というと一ヶ国のイメージで教えられる。しかし、実際には4ヶ国の連合体であり「イギリス」という国はないイギリスの正式名称は、「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」で、「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」である。世界での呼び方は「UK」であり「イギリス」ではない。日本で言うイギリスはどうしても「イングランド:England」を指すが、それは本来の「UK」ではない

その4ヶ国が「カントリー(Countries of the United Kingdom)」と呼ばれ、主権国家としてではないがほぼ「国」として呼ばれる。4ヶ国とは、イングランドウェールズスコットランド北アイルランドである。それぞれが首都を持ち政治・行政が行われる。なおアイルランドは北アイルランドとは別に南地方に独立した国として存在する。

The United Kingdom 4カントリー(Contries of the UK)
The United Kingdom の4カントリー(Contries of the UK)
the UKの旗の変遷
the UKの旗の変遷

この4つの「カントリー」の集合体が、日本でいう「イギリス」であり「United Kingdom」である。決して「イギリス」でもなく「イングランド」でもない
また、この「UK」の旗の出来方を見ると、歴史が見られて興味深い。

このように、いわゆる「イギリス」は単なる呼称に過ぎず、あくまで「4ヶ国のカントリーの連合体」と理解した方がいい。特にラグビーやサッカーなどのスポーツにおいて「イギリス」というチームがないように、実態は「イングランド」「ウェールズ」「スコットランド」「北アイルランド」の4ヶ国が集まった連合体である。

人口比で言うと、イングランドが8割強であり、やはりイングランドが「UK」の中心であるが、それぞれの歴史が強くあるのが、この「UK」である

the United Kingdom のカントリ――
the United Kingdom のカントリー

2.中世までのグレートブリテン島を巡る歴史

それぞれの国に触れる前に、UKの中心地である「グレートブリテン島」を巡る歴史を簡単に見てみたい。

グレートブリテン島は、イングランド・ウェールズ・スコットランドが属する大きな島である。面積は209,331k㎡と世界で9番目に大きいとされる。しかし大きいイメージはあるが、日本の本州は227,970k㎡で、本州の方が大きい

同じ島国とは言え、歴史は日本とは全く異なる。もともとは紀元前8世紀頃からの「ケルト人」が住むが、特にブリテン島に住むのは「ケルト系ブリトン人」として区別される。「ブリトン人」の土地として侵略したローマ人が「ブリタニア」と呼んでいた。それが後に「グレートブリテン島」と呼ばれるゆえんとなる。

Great Britain(グレートブリテン島)
Great Britain(グレートブリテン島)

なお、アイルランド系の「ケルト人」は「ゲール人」と呼ばれ「ブリトン人」とは一線を画す。そのアイルランドの「ゲール人」の中で、6世紀頃に今のスコットランドのあるグレートブリテン島北部に入り荒し回るようになった。アイルランド語で「荒らす」「略奪する」という意味の「スコティ」といい、彼らは「スコット人」と呼ばれる。やがてそのスコット人が島の北部に住み着き、9世紀には「ピクト人」と合わさって「スコットランド」と呼ばれるようになったと言われる。つまり、スコット人とはアイルランドからのゲール人を祖としていると言えるが、このあたりは諸説あり難しい。

そのブリトン人の住む地に侵略してきたのが、「アングロサクソン人」である。ブリトン人は必死に抵抗したが、数世紀を経てアングロサクソン人がブリトンを制圧していった。その結果、「イングランド王国」が建国される。973年のことで日本で言えば平安時代の中期である。
そして、その追いやられたブリトン人が集まったのが、島の西部、すなわち現在の「ウェールズ」の地である。この地で後の「ウェールズ公国」が建国されるが、結果的にはイングランドとの共存となり併合される。

the UKの構成
the UKの構成(「イギリス・ウェールズの歴史」ブログより)

「アングロサクソン人」というと、現在では、アメリカ人・イギリス人のイメージが強い。しかし実際にはドイツ中央部のゲルマン系の「アングル人」「シュール人」「サクソン人」の3部族の総称である。特にその中で「アングル人」がイングランドの基礎を築いたと言われる。なお「サクソン人」はドイツ内で部族国家の「ザクセン」を作っていて、現在もドイツの地名で残っている。

「征服王」ウィリアム一世
「征服王」ウィリアム一世

では、そのアングロサクソン人の作った「イングランド」は安定したかと言えば、全く異なる。イングランドは、当時の支配者の死去に伴う後継者争いにフランス系のバイキングであるノルマン人が介入して、制圧される。これにより「ノルマンディー公ウィリアム」が「ウィリアム一世」としてイングランド王となる。1066年の事である。

このときの、ノルマン人によるイングランドの制圧を「ノルマンコンクエスト(The Norman Conquest of England)」という。わずか1万5000人の兵を率いてフランスからイングランドに渡り、150万人の人口はあったと言われるイングランドを制圧した。「征服王」とも呼ばれるウィリアム一世の築いた王室は現在のイングランド王室である。ウィリアム一世は、現在のイングランド王室の開祖となったのである。

このように、「グレートブリテン島」を巡る支配や民族の動きは、めまぐるしいものであった。同じ島国のである日本とは歴史的に全く異なった動きをしている。その中にあって、4ヶ国が形成され、また制圧されたり併合されたりしていった。これから、その4ヶ国を今の歴史を前提に見ていきたい。

3.イングランド

イングランドとラグビーチーム
イングランドとラグビーチーム

当初はアングロサクソン人が作ったイングランド王国も、ノルマン人の「ウィリアム1世」からの侵略を受けるなど平和などなく戦争に明け暮れていた。特にフランスとの攻防が激しく続いていた。

しかし、このグレートブリテン島での力は圧倒的であった。それが更に大きく動いたのが「ヘンリー8世(1491年~1547年)」の時と、そして「清教徒革命」の主導者「オリバー・クロムウェル(1599年~1658年)」の時である。
大きくはその二人の時の動きにより、3つの国の併合が進められた。

ヘンリー8世

ヘンリー8世はかなりの個性と考えの持ち主だったようである。なお、「処女王」と言われ今もイギリス国民から愛される「エリザベス一世」の父である。

ヘンリー8世は当時全盛のカトリックをよしとせず、イギリス国教会を作った。かなりの野心家でありかつ強烈な女好きのなかなかの人物であったようである。その目的が、一節にはカトリックで禁じられていた「離婚」をしたくてしたとささやかれるほど、妻を何人も変えていきしかも殺していった。
数々の戦争も起こした人で、イングランドの勢力拡大も大きく進めた。当時の「ウェールズ公国」を1536年に併合し、スコットランド・アイルランドへの圧力も強めた。当時は「アイルランド王」も兼ねたが、なかなかアイルランドは従わず統治はうまくいかなかった。

ここでウェールズは完全にイングランドと一体となった。なお、ウェールズの次の王を「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼ぶ風習はもともとウェールズのものであったが、イングランド王が次期王となるため、イングランドの皇太子を呼ぶ際の名称ともなった。

オリバー・クロムウェル
オリバー・クロムウェル

そして、残るアイルランド・スコットランドを徹底的に制圧したのが、1642年の清教徒革命(ピューリタン革命)による、「オリバー・クロムウェル」による制圧である。苛烈を極めた。1649年に国王チャールズ一世を処刑し、1649年にアイルランド制圧、1650年にスコットランド制圧を断行した。クロムウェルについての詳細は別の機会に譲るが、現在もアイルランド・スコットランドではクロムウェルがイングランドの征服の象徴として、相当な感情を持っていると言われる人である。

このような制圧の歴史はあるが、こうした歴史を経て後にイングランドとスコットランド・ウェールズによる「グレートブリテン王国(Kingdom of Great Britain)」が1707年にできた。そしてその後、フランス革命を経て北アイルランドを含めた「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)」が1801年に出来る。これにより、UKは国内問題を片付けた事となり、産業革命を経て文字通りの最強の世界帝国を作っていくのである。

日本では、江戸時代の頃である。UKが統一されたのは意外に新しい。

4.ウェールズ

ウェールズ とラグビーチーム
ウェールズ とラグビーチーム

ウェールズは先にも書いたとおり、ブリトン人の国としての歴史を持つ。またやはりイングランドからの制圧の歴史に対してのある種の反感はあるという。6世紀頃にウェールズの英雄として「アーサー王」が有名である。

ウェールズのラグビーチームは「レッドドラゴン」という愛称でよばれ、熱烈なファンが多い。
また、ウェールズは城が多いことで有名である。戦争の歴史ばかりの中にあって、城の重要性を認識していたと思われる。宮崎駿監督の「天空の城ラピュタ」のモデルは、ウェールズの城といわれる。是非一度見てみたい。

ウェールズの城
ウェールズの城

5.スコットランド

スコットランドとラグビーチーム
スコットランドとラグビーチーム

スコットランドは、歴史的にはアイルランドやウェールズより少し存在感が薄い感じがする。しかし、「グレートブリテン王国」にあって非常に重要な国である。

産業革命を大きく牽引したのは「蒸気機関」である。それを発明したジェームス・ワットはスコットランド人である。それ以外にも、世界の発明家で電話を発明したアレクサンダー・グラハム・ベル、 物理学者でマクスウェルの方程式など電磁気学の基礎を作ったジェームズ・クラーク・マクスウェル、国富論など著し経済学の基礎をつくったアダム・スミス、社会学の祖とされるジョン・ミラーなど、人類の発展のための数々の成果を出した人々がスコットランド出身と言うことに驚かされる。

まさに、大ブリテン王国のみならず世界を大きく牽引した国とも言える。

6.アイルランド

アイルランドとラグビーチーム
アイルランドとラグビーチーム

UKに最後に組み入れられることになったアイルランドは、複雑な歴史をたどる。UKの中にあって「アイルランド」は「自治国」として認められた(1922年)、しかしそれでも独立の気運が高まった。ところが、もともとカトリックが多いアイルランド地方にあって、プロテスタントの多い「アルスター地方」は、イングランド公国との共存を願った。そのため、1937年にアイルランドが独立を果たしたときにアルスターが参加せず「北アイルランド」としてUKに残る。分裂した形となった。

アイルランドのイメージで強いのは「IRA」といわれるいわゆるテロ集団である。アイルランド共和軍(IRA)」は対イギリス(大ブリテン公国)に対するテロ闘争を実行し続けていた。現在はあまり聞かないが、このIRA問題は、今もUKにとっての大きな火種となっている。

そして、今大きくクローズアップされているのは、UKのEUからの離脱である「ブレグジット(Brexit)問題」である。アイルランドはEUに残るが、UKはEUからの離脱を決めた。しかし「北アイルランド」の住民はEU残留希望が多かったため、それを機会にアイルランドに統一を、という動きである。
なお、ラグビーやサッカーでのチームは「アイルランド」として統一している。

歴史的にも複雑な状況にあるアイルランドの情勢は、世界にも大きく影響する。今後も注視したい。

7.世界的な影響力持つ都市:ロンドンシティ

このように4ヶ国の「カントリー」から成るUKだが、ここでもう一つ圧倒的に巨大な勢力を持つ「地域」を指摘して起きたい。

City of London
City of London

それが「ロンドンシティ(City of London)」である。もちろんUKの首都としてあるロンドンだが、実は非常に特殊な地域となっていることは知られていない。金融の多くがここで取引され、首相やエリザベス女王も、シティの市長( Mayor of London)の許可無くして市に入ることは出来ない。

歴史はイングランド王国よりも古く、ある研究者は「国家を支配する都市国家」とまで言っている。歴史家でユダヤ人のジェフリー・シュタインバーグ氏の言葉はセンセーショナルである。

イングランド、スコットランド、ウェールズ、そしてとくに、北アイルランドは、奴隷制プランテーションであり、社会操作の実験場に過ぎない。これらの地域は、みなシティー・オブ・ロンドンの利益を支えるために存在する。

ロスチャイルド家に関わる企業も多く、シティの存在は陰に陽に非常に大きい。「陰謀論」と片付ける前に、お金の流れをよく見ていくとシティの存在が大きく浮き彫りになってくるようである。

8.「イギリス」と呼ばれる地域を見て

現在はワールドカップラグビー真っ盛りで、なかなか触れない世界の国名に出会うことができる。日本でイギリスと呼ばれるUKは、4ヶ国あることは知られているが、歴史は複雑でなかなかとっつきにくい。

しかし、このような機会にそうした地域を知るきっかけをもらえたと思って調べてみると面白い。
そして、世界トップのアイルランドにジャパンが勝ったという驚愕の事実があって、更にワールドカップラグビーを楽しい物にしてくれる!

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