生活に「非効率」を

河原の朝焼け

便利になる一方の昨今の生活と、それをうまく利用した上での「非効率」生活を考える

世の中、ITだとかAIだとかも含めて、どんどん便利になっていく。昔で言えば、洗濯や掃除・料理も大変であったのに、今は、便利になる一方である。今はそれが更に進化し自動化・効率化は、生活にもどんどん及んでいる。それらについて、普段思うことをつづってみる。

1.便利グッズの数々

世の中は、どんどん便利に、あるいは自動化に向かっている。古くは、冷蔵庫・洗濯機・掃除機、などが入ったときであろう。これらが生活に入った頃の衝撃は大きかったと推測する。

私の世代から考えると、スマフォの衝撃は大きかった。手元でインターネットが見られるというのは、衝撃的だった。最初に手にしたときに、本当に感動と同時に違和感を感じたことを、よく覚えている。

掃除に励む「ルーロ」

掃除に励む「ルーロ」

今は、スマフォというインフラの整備は終わり、その活用が進んでいる段階と思う。私が学生時代であった20年前に、「買い物を外でしなくてもいい時代が来る」という話をしたことがあり、その時の先生が、「私はショッピングが好きだから、そんな時代が来ても使わない」と言われた。正直私も、基本的にはアナログ人間でローテクを愛する方だったが、今となっては、アマゾンの品の豊富さ・便利さに、どうしてもそちらを利用することが多くなる。

最近、「ルーロ」というロボット掃除機を買った。掃除くらいは自分で、と思っていたが、これが侮れない。確かに床の物はどかさないといけないが、その掃除の徹底ぶりを見ると自分よりきっちりやるので、今となっては買って良かったとしみじみ思う。

2.これでいいのか、という疑問

とはいえ、これでいいのか、という疑問は正直持っている。スマフォ一つ考えても、この便利さを手に入れたのと裏腹に、昔は電話番号はいくつか頭の記憶あるいは指が覚えていたりしたものだが、今は見事に覚えることすらしない。スマフォがなくなったら一大事のため、しっかりバックアップ等でリスクは分散しているが、使っている人間にとっては、いいのだろうか?とふと思ってしまう。

自動運転のイメージ(引用元:http://スーパーセブン.com/)

自動運転のイメージ(引用元:http://スーパーセブン.com/)

これから自動運転の車は間違いなく来るだろう。それでなくとも、マニュアル車を運転できない人が多いのに、更に車の運転が自動になれば、人間の活動から「運転」ということがなくなることになるだろう。それは技術の進歩であり喜ぶべき事なのだろうが、そのまま無秩序にそれを受け入れることがいいのだろうか、という疑問を持ってしまう。

技術の進歩により生活が変わった中で、私が個人的に思っている「これでいいのか」を3つ挙げると以下になる。

① 文字を書かなくなったため、漢字を徹底的に忘れてきた。
② ナビのおかげで、「地図」と「距離」と「方向」を見る癖が極端に減った。
③ 車に頼りすぎで、動くことがめっきりすくなくなった。

①については、とにかく仕事でも字を書かないケースが増えてエクセルやワードに頼るため、漢字を考えなくなってしまう。漢字そのものもだが、書き順を見事に忘れていってしまう。
②については、昔は遠出をするときには必ず大きな地図を見て、距離を考え、高速道路はどこで乗るだとか考えたものだが、今はまったくなく、ナビをセットして終わりである。余談だが、ナビがないかまだ高くて買えなかった頃に、地図を見ながら走るというのも楽しかった。隣に座っている人にナビを頼みながら、「青看板」を見ながら運転して道を間違えて、という非効率なことをしていたが、ドライブの楽しさでもあった。今やったら、同乗者から冷たい目で見られるだけだろうが・・・。
③については、車を手にしたときからではあるが、やはり危機感は常に持っている。

3.あえて「非効率」にする部分を作る

こうした効率的になっていく技術とそれが入ってくる生活は、受け入れないといけないし、本来は喜ばしいことと思うべきと思う。とはいえ、それにより人間が退化していてはいけない、という危機感も持ち続けたいと思う。

とはいえ、意識してしないと、人間必ず流される。ささやかな抵抗として私がしているのは、下記のようなことである。

下手な毛筆

下手な毛筆

【 文字を書く 】
これは、仕事では徹底して効率的にするためにデータ化しているが、家ではできるだけ字を書くようにしている。学習したことをノートにまとめたりしたりする。また、できるだけ心がけているのは、朝に毛筆(筆ペンだが・・・)で好きな言葉を書くことを日課にしている。まったく上手ではない字だが、それを自覚しつつも集中して「書く」という時間は大事にしたいと思っている。

 

【 歩く 】

ウォーキング中の「河原の朝焼け」

ウォーキング中の「河原の朝焼け」

これも相当意識している。「歩く」時間を、できるだけ一日のうち1時間程度は持ちたいと、いつも画策する。運動という観点で言えば「走る」でもいいのだろうが、「歩く」というのは意外に運動以外の楽しさがある。「歩く」のは遅いので、結構景色を見たり、季節を感じることが多い。私のような飽き性の人間は、コースをいくつか持つようにしたり、この神社にお参りに行く、とかの目的を持って歩くようにすることでなんとかモチベーションを維持している。、また、歩くことでその間いろいろ考えることも出来るし、今はスマフォでYouTubeなどを「聞きながら」勉強が出来るので、結構楽しんで時間を過ごせている。

【 メモを取らない 】
これは、仕事上で意識している事である。もともとメモを取る方ではなかったが、さらに意識してやっている。ただしこれは、「仕事に穴をあける」というリスクがあるので、なかなか緊張感がある。しかし、あえてこうすることで自分の記憶力を常に維持したいと思っている。もちろん、ある程度の簡単なキーワード的なメモは残して仕事に穴を空けないような配慮をしつつである。

4.「効率」と「非効率」をうまく使った生活を!

世の中どんどん便利になる。これからAIが入ってくると、本格的に生活や仕事が更なる変化を遂げるだろう。人間のやることのほとんどはコンピュータで可能である。

便利になると言っても人のためでなければ意味が無い。従ってその便利さは、あくまで人間がその結果得た時間や便利さを、うまく利用して初めて意味があると思う。
そのためにも、失いたくない物は意識していないと、本当に失っていく気がする。新しい技術を楽しみ、かつうまく利用しつつ、自分が守るべきものを意識しながら生活していきたい。

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コメント

    • 優子
    • 2018年 7月 09日

    今日手帳にメモしたけど、けっこう漢字書けなかった。
    そしてメモ取らないとやっぱりすぐ忘れてしまう…
    便利になっていくのを意識しながら生活するって大切だよね。

      • てつ
      • 2018年 7月 10日

      漢字はほんとうに忘れるねぇ。しっかり「書く癖」を残しておいた方がいいよぅ。

      ただ、メモだと書く字も知れているので、やはりちょっと難しめの文なりを書くといいかと。

    • ゆうじ
    • 2018年 7月 09日

    あえての非効率。同感です、というかそうなりたい。
    記憶力に自信がないためメモは欠かせない→結構後から見直すし、メモに肉付けもする。字を忘れていると必死に思い出すor調べる…、おっ!ある意味非効率か(笑
    人それぞれですが、疑問と向上心は常に忘れずにいたいですね。

      • てつ
      • 2018年 7月 10日

      おっしゃるとおりで、人それぞれではありますが、あまり便利に身をゆだねすぎるのは、危険ですね。

    • ゆかり
    • 2018年 7月 18日

    私にとっての非効率は、ミニクーパーに乗ってることかな。エアコン効かない、ナビない、マニュアル操作でドアも窓も全部手動◎ でも、愛してやまないのです。楽しみならば非効率でも全然大丈夫だから、楽しめる自分なりのことで、脳や体を活性化したいものです。

      • てつ
      • 2018年 7月 21日

      あんまり便利に身を委ねると、退化していくからね。
      お互い、気をつけて楽しみつつ「非効率」を意識しましょ。

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