マスコミで言われる「女系天皇」という日本語は存在しない!
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まったくあり得ない日本語が、マスコミによってすり込まれている。それが「女系天皇」であり「女性宮家」である。日本の最も重要な天皇陛下の皇統を守るという意味で、こうした誤った言葉で動かされないよう、まとめてみた。是非ご覧を。
1.「女系天皇」という日本語は存在しない!
最近、明らかに意図的としか思えない報道の仕方として「女系天皇」の話がある。しかし、浅はかな議論の背後に「皇室の破壊」があることは全く隠されている。
結論から言えば、そもそも「女系天皇」という日本語そのものが存在しない。現在126代まで続いている日本の天皇陛下は「男系」であるからこそ「天皇」なのである。すなわち「女系」となればそれは「天皇」ではない。「天皇」ではない限り、「女王」とか「大王」とか、違う言葉を使うべきである。
なお、ここで現在続いている「男系」の天皇とはなにか、といえば、
ということである。例えば現在の今上陛下である徳仁のりひと徳仁陛下の父親は、平成の上皇陛下となり「父親が天皇陛下」であった。従って「男系での継承があった」ことになる。
つまり「女系天皇」とは今の天皇の家とは全く違う物なのである。だから「女系天皇」などという日本語は存在しない。「女性女王」とか「女性大王」とか違う言葉をあてて議論すべきである。繰り返し言うと
女系天皇などという「天皇」はこの世に存在しない。すなわち「女系天皇」などという日本語はない!
これを言うと「女性差別」という人がいるが、論点が全く違う。ルールが違うものを持ってきて「女性蔑視」という話をするのは、まったく論点がかみ合わない。
『「モーニング娘。」が女性しか入れないのは男女差別だ』と言っているのと同じである。女性しかいないから「モーニング娘。」なのであり、そこに男女差別はない。「天皇」とは「男系」のことなのである。そうでないものは「天皇」ではない。
それでも「男女差別だ」とか「男尊女卑だ」とか言う人に言いたい。2,600年も続く天皇陛下の血統の承継を崩すほどの見識があるのか、それを守り続けてきた日本の歴史の先人達になんと言うのか。
2. 「女性宮家」はもっと意味が不明な日本語
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また、「女性宮家」に至っては、何が言いたいのかさっぱりわからない。「宮家」とは、天皇の「血脈の伴走」と言われる存在である。すなわち、「(男系)天皇」を維持するための「家」が「宮家」であり、それ以外のものではない。つまり宮家も当然「男系」である。それが「宮家」なのである。
では、今マスコミが盛んに言う「女性宮家」とはなんのことか?
今の宮家の中での女性を指すのなら「女性宮家」は今の時点で普通にいる。しかし、マスコミが騒いでいるのは明らかに「女系」の「女性宮家」である。それはすなわち「宮家」ではない。
明らかな嘘と無知の議論で世論を扇動しているが、「女系天皇」や「女性宮家」と今のマスコミが言っている内容は、完全に2,600年以上続いている皇室の破壊を意味するものなのである。
とにかく言いたい。「女系天皇」も「女性宮家」という日本語も存在しない!全く別の制度のことを言っているのに等しい。
3.苦労の末の「男系継承」
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「男系」で2,600年に渡り続いてきた天皇の血筋であるが、その「血脈の継承」は決して簡単ではなかった。よく、「現在の天皇陛下は側室(めかけ)がいないので、お世継ぎが生まれにくい」という人がいるが、それはまったくのデタラメである。側室がいてもいつの世でも「男系」での継承は困難の連続だった。それでも継承の伝統を守ってきたことが重要なのである。「継承が難しくなるから、「女系」も」というのは、歴史的に見ても事実と全く異なる。
次の代に継いでいくのが難しかったのは今に始まった話ではない。やはり、男児を設けて継承していくというのは、いつの時代の中でも相当苦労している。
江戸時代でもその危機がうたわれ、江戸中期には第7代将軍徳川家宣(いえのぶ)の時に新井白石が主導して、宝永7年(1710)8月に閑院宮(かんいんのみや)を創設した。これが、現在の天皇陛下の系譜であるから、いかに血脈をつなぐことが、工夫の中で行われてきているかわかる。
下記に、宮内庁のホームページにある「天皇系図」である。今上陛下(きんじょうへいか)までの、126代が脈々と描かれている。
➡「天皇系図(宮内庁HPより)」
126代もの続く系図を持つのは、世界でただ一つ天皇陛下だけである。そしてこれは、まさに日本人であり日本という国が育んだ大切な財産である。君主として君臨し続け、それを大切にしてきた国・国民がなければ、絶対に続いていない。
そしてそれは「男系」というルールの下で続いているものである。なぜ「男系」なのか、そこに科学的意味があるのか、といった議論もあるらしい。そしてそれに対しては、「男系に確固たる意味や根拠はない(かも知れない)。しかし、それを大切に守ってきた日本の歴史には意味がある」、と思う。それよりも、それを紡いできた2600年の歴史と国を、誇りに思い大切に守っていくことが、先人達を引き継ぐ現在の日本人の勤めと思う。
4.「女性天皇」は過去10人!
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「女性天皇」は過去に何度もある。そのほとんどが古代である。全員独身で即位し、本人が天皇の位を譲る「譲位」後も独身を貫いた。
この10人の「女性天皇」は優秀な方々のイメージが強い。ここでは2人挙げたい。
1人は、有名な第33代の「推古天皇」である。在位は飛鳥時代の593年から628年で、聖徳太子の叔母で、蘇我馬子が天皇をも脅かす権勢を誇っていたときである。
先代の崇峻天皇が蘇我馬子の手の者に暗殺されるという、前代未聞の事態が起こるほどに、蘇我馬子の専横ぶりは進んでいた。そんな中で誰も天皇とならなかったときに、白羽の矢が立ったのが推古天皇である。
推古天皇は甥の聖徳太子を摂政として迎え、非常にバランス良く政治を行った。どうしても聖徳太子が偉大過ぎて聖徳太子ばかりが言われるが、実はそれをサポートした推古天皇の陰の努力があってこその聖徳太子の活躍だった。
次に紹介したいのが持統(じとう)天皇である。持統天皇は皇后陛下としても活躍された。その夫だったのが、第二の建国の祖と言っていい第40代の「天武天皇」であった。
天武天皇は「壬申(じんしん)の乱」により、兄である天智(てんじ)天皇の太子である大友皇子と争い、天皇陛下となった。その後、当時の強大国であった唐に対抗すべく、日本という国を築いた。それまで大和(やまと)とか唐には倭(わ)と呼ばれていた国の名を「日本」と名付けた人である。また日本独自の「元号」を始めたのは、天武天皇と言われる。
その天武天皇とよりそって補佐をし、その活躍を陰から支えつつ、天武天皇が崩御された後に天皇陛下となって天武天皇の思いを更に進めたのが、持統天皇である。
持統天皇も天武天皇と同様に、日本という国を他国から独立して作っていく、という強い思いを持って治世を行った。日本を確立する上で「官僚制度」の基礎を築いたと言われる。また「法治国家」として進むために「大宝律令」が制定されたのも、持統天皇の治世下においてであった。まさに、第40代天武天皇と共に「建国の祖」と言っていい活躍の天皇陛下であった。
5.歴史と事実を踏まえた正しい「皇位継承の議論」を!
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日本語は正しく使わないと、気づかないうちに印象操作を受けてしまう。
「女系天皇」という日本語は存在しない。また「女性宮家」など何のことか全く分からない日本語である。こうした嘘の言葉に基づいて世論調査などをして、世界で唯一の万世一系の天皇陛下の皇位の継承を女性にも引き継がせようとしている。そうなれば「もう天皇陛下」ではない。単なる「女王」であったり「大王」であったりと述べるべきである。
マスコミ、そしてそれを操るChina(中国)の目的は、日本の弱体化・分裂化である。2300年もの歴史を持つ日本の誇るべき日本の皇統は、もしこれで「女系天皇」などが出れば全く異なる「王朝」の始まりである。それだけの言葉の意味を含む「女系天皇」というありもしない日本語にだまされてはいけない。
「女系天皇」「女性宮家」の意味するのは、まったく違う制度を作る、と言うことに他ならない。ここで問いたい。2300年もの歴史を持つ日本の皇統を崩すほどの根拠があるのか?今の価値観だけで判断すべきでないことは、いくつもある。その中でも、日本の柱である天皇陛下の存続を先人達と同様に進めることは、日本にとって最重要課題である、と言っていいと思う。
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