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トランスファー論争とJ.M.ケインズ

トランスファー論争から見る、J.M.ケインズとマクロ経済学

今回は、ある経済学の論争を紹介し、経済学について記述したい。「トランスファー論争(transfer cotroversy) 」と言われるものである。難解だが、まずは紹介したい。

1.トランスファー論争とは

第一次世界大戦(1914年:大正3年~1918年:大正7年)後にドイツの賠償金を巡って、当時のイギリスの官僚ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)とスウェーデンの経済学者B.G.オリーン(Bertil Gotthard Ohlin)とであった論争である。
賠償金という貨幣的移転(トランスファー)がどのようにして実物的移転となるかにつき、両者の見解が対立した。ケインズは、ドイツでは賠償金支払いのためまず増税をする必要があり、ついでそれを諸外国に移転するために輸出超過を創出しなければならず、そのためには交易条件の悪化、生活水準の低下は避けられないとした。これに対しオリーンは、ドイツでは購買力の減少によって輸入が減り、諸外国では受け取った賠償金のなかからドイツ商品を買うのでドイツの輸出増となり、交易条件の悪化なしに輸出超過を創出することができるとした。

2.ケインズの主張とその人物

上記の通り内容は非常に難しいが、あえて単純化して言えば、ケインズはドイツに課せる賠償金はドイツの経済力に応じて考えるべきであり、過度に多額の賠償を設定すれば必ず経済的な無理を生じさせ全体をおかしくする、と論証したのに対し、オリーンは賠償により発生する所得もあるため世界経済に問題は発生しないと反論をした、といったところか。
ケインズというと、ケインズ経済学とも呼べるマクロ経済学を確立した人であり、後世の政策に非常に大きな影響を与えた人である。新聞にも時々その名前は出てくる。私の印象は、頭のいい学者、くらいしかなかった。しかし、このトランスファー論争を見て、全く印象を変えた。彼は、第一次世界大戦後の体制を話し合う「パリ講和会議(ヴェルサイユ会議)」にイギリスの大蔵省主席代表として出席して、先のようなトラスファー論争を起こしている。しかしケインズの主張むなしく、経済学だけで政策が決まるわけではなく、結果、各国の思惑によりドイツに対しすさまじい賠償が決まる。するとケインズは無茶な賠償に反対して辞任し、「平和の経済的帰結」という文書を発表しその無謀ぶりに憤慨して批判しているのである。
なお、その後ドイツがいかに賠償に苦しみ、結果としてナチス党を選ぶという選択をするまでの混乱を見たことをみれば、どちらが正しかったかは自明であろう。

3.トランスファー論争とケインズを見て思うこと

学者ではあるが、貴族であり官僚であり、そして経済を分析し論理的な答えを出そうとした情熱の人である。そういうことを知れて、更に経済学に興味を持てるようになった。「20世紀における最重要人物の一人」と言われるが、まさにそうで、彼の確立したマクロ経済によって経済の新たな体系が明示され、不況や戦争になる前に経済の手段で解決されてきた事案は、数知れないし、今でもまったく色あせていないと思う。
なお、オリーンも決してドイツ憎しで主張した訳ではない。彼も単なる学者ではなく、自分の学問を実践しようとその後政治家となっているし、別の経済理論でノーベル経済学賞もとっている(1977年)。

経済学のいうことがすべて正しいとは思わないし、そこまで理解しているわけでもない。しかし、これは歴史に学ぶこととも等しいと思うが、こうした過去の蓄積が学問としてあるいは歴史として集積されている。まずはそこから学ぶことを通じて、現在を見ていくという過程を大事にしたいと思う。

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