「足るを知る」(老子)と福沢諭吉の言葉に思うこと

福沢諭吉と「足るを知る」

「足るを知る」(老子)と福沢諭吉の著書「教育の目的」の言葉を見て思うこと

老子の一説を取り上げる。

添付が原文と読み下し分である。訳文例は以下の通り。

老子「足るを知る」

老子「足るを知る」

【 訳文例 】
他人を理解する事は普通の知恵のはたらきであるが、自分自身を理解する事はさらに優れた明らかな知恵のはたらきである。
他人に勝つには力が必要だが、自分自身に打ち勝つには本当の強さが必要だ。
満足する事を知っている人間が本当に豊かな人間で、努力を続ける人間はそれだけで既に目的を果たしている。自分本来のあり方を忘れないのが長続きをするコツである。
死にとらわれず、「道」に沿ってありのままの自分を受け入れる事が本当の長生きである。

 

 

「足るを知る」の部分を強調したが、見ての通り原文は少し長いものである。
「足るを知る者は富み」とあるが、後段で、「その上で努力を続ける人間こそそれを知るもの」、としているところが、非常に意義深く感じる。「自分にとっての足る」を知る者、そしてそれに向かって努力する者こそが「富む」ということかと思う。
「死にとらわれず『道』に沿ってありのままの自分を受け入れることが本当の長生きである」という一文も、興味深い。ここでいう「道」とは、自分にとっての「足る」はなにかを見いだしたときに見える物だろうと理解している。

「足るを知る」を単独で最初に聞いた時の印象は、「すべてに貪欲に求めるのではなく『満足を知る』ということ」、と理解した。それはそれで一つの理解だとも思うが、全文を読むとより深いものに思える。
やはり人間「満足」だけでは発展はない。「満足」を知ることも重要だが、次を求める熱意も重要と思うと、「足るを知る」だけでは物足りなく思っていた。全文を読んで、理解がより深まった気がした。

もう一つ福沢諭吉の言葉を紹介したい。福沢諭吉の著書「教育の目的」にある一文である。

福沢諭吉「教育の目的」より
足るを知るを勧むるにあらず、足らざるを知りてこれを足すの道を求むるにあるものなり。

「足らざるを知りてこれを足すの道を求むる」とある福沢諭吉の思いは、よくわかる。
自分自身の仕事・生活において、「足るを知り」つつ、「足らざる」を知りそれを求める思いも大事にしていきたいと思う。

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コメント

    • 飯嶋 奈生子
    • 2018年 2月 20日

    「足るを知る」は、お父さんがよく言っていたのを覚えています。君のブログ、父が見てたら喜びそうですね。

      • てつ
      • 2018年 2月 21日

      言ってました?あまり記憶になかったです。
      大人になって改めて見ると、含蓄のある言葉です。

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