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「インビクタス ~負けざる者たち~」から見るマンデラ大統領(故)とラグビーワールドカップ

「インビクタス ~負けざる者たち~」という映画から見る南アフリカのマンデラ大統領(故)の思いとラグビーワールドカップ

2019年のラグビーワールドカップは日本で行われ、本当に盛り上がった。最後は南アフリカが優勝した大会だったが、過去に1995年にも南アフリカが優勝している。その時のことを描いた「インビクタス」という映画と、その言葉と、そして南アフリカのラグビーについてまとめた。是非ご覧を。

1.映画「インビクタス ~負けざる者たち~」とは

インビクタス ~負けざる者たち~」という映画は、あのクリント・イーストウッド監督の作品で、2009年にアメリカで公開されその翌年から日本で公開された映画である。1995年の南アフリカでの第3回のラグビーワールドカップを舞台にした映画で、ラグビー映画の金字塔」といわれるほどの名作であり、話題作となった。

映画「インビクタス」
映画「インビクタス」

映画はすばらしいものなので、ぜひ見ることをおすすめしたい。なお、このブログでは映画の内容を詳細に記述はしないが、どうしても中身に触れるのでご了承いただきたい。

2019年の第9回ワールドカップは初のアジアということで、日本で行われた。終わってみれば大成功で大いに盛り上がったが、実はかなりの不安が言われていた。過去のワールドカップはいずれもラグビー強豪国で行われていて、お世辞にも「強豪国」ともいえない、また、そうした強豪国のどこからも遠い日本での開催に大きな懸念があった。
結果的には、そうした懸念をすべて吹き飛ばす、素晴らしい大会となった。

南アフリカ
南アフリカ

一方で1995年当時のワールドカップ開催国となった南アフリカの状況は、さらに厳しかった。従来の南アフリカは有名な「アパルトヘイト(人種隔離)政策」により1割から2割しかいない白人が完全に支配をしていた。それが緩められていき、初の全人種での普通選挙の結果ついに大統領に黒人が選ばれたのが1994年のネルソン・マンデラ大統領の就任である。就任してすぐにワールドカップラグビーの開催があったのである。

人種差別という面で、今現在も問題は多いが、当時は今と比べ物にならないほどの人種差別の状態にあって、非常に難しい中でのラグビーワールドカップの開催だった。
そして、南アフリカのラグビーチームは、一人の黒人を除いてすべて白人で白人の象徴だった。白人の富裕層のスポーツとして見られ、圧倒的多数の黒人は南アフリカラグビーチームの「スプリングボクス」を嫌っていた。「スプリングボクス」というラグビーチームの愛称すら消える可能性があったほどの状況の中で、開催されたワールドカップだった。

マンデラ大統領(右)とピナール主将(左)
マンデラ大統領(右)とピナール主将(左)

結果としては、まさに劇的な南アフリカのスプリングボクスの優勝により大成功に終わった。その時のスプリングボクスのフランソア・ピナール主将マンデラ大統領との深い信頼と情熱が描かれた映画だった。その中でマンデラ大統領がピナール主将に送った詩集の中にあったのが、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの「インビクタス」という詩である。

映画の場面を通じて深く、私の心に残る言葉だった。

2.「インビクタス(invictus)」とは

ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

映画のタイトルであり、そのまま印象的な言葉として残っている「インビクタス」という言葉を取り上げたい。
インビクタス(invictus)」とはラテン語らしく、映画のタイトル通りに「負けざる者」という意味だったり、「負けない」「不屈」といった意味を持つ。

この言葉を使ったのは、イングランドの詩人 ウィリアム・アーネスト・ヘンリーで、それが映画にも使われていた。マンデラ大統領はこれを牢獄にいる時に読んだという。映画の場面と合わせてみると本当に感動的な言葉である。ウィリアム・アーネスト・ヘンリー(1849~1903年)自身も、足を切るなどの厳しい環境の人生の中での言葉だった。1875年に書かれた詩が「インビクタス」である。その詩の中で、次の言葉も映画で紹介されている。

I am the master of my fate, I am the captain of my soul
(和訳例)
私は自らの運命の師であり、私は自らの魂の指揮官である

ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

非常に力強い言葉であり勇気づけられる。「インビクタス(invictus)」という単語と合わせて、心にとどめておきたい言葉と思った。

3.1995年当時の南アフリカとネルソン・マンデラ大統領

マンデラ大統領こそ「不屈の人」だった。若いころからアパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃の運動に身を投じ、結果的に政治犯としてなんと27年もの間牢獄での生活だった。釈放されたのは1990年で、その後着々とアパルトヘイト政策を撤廃させていき、南アフリカ初の「全人種参加による選挙」が行われ自分が大統領となったのは1994年であるが、その時点で75歳にもなっていた。

ネルソン・マンデラ大統領(故)
ネルソン・マンデラ大統領(故)

それでもマンデラ大統領の政治姿勢は、国の団結、だった。一部の白人を憎むのではなく、一緒になって国を作っていくことに腐心した。そんな中で巡ってきたのが「第3回グビーワールドカップ 南アフリカ大会」だった。

数々の政治課題がある中で、マンデラ大統領はかなりの力をワールドカップラグビーの成功のために費やした。特に、白人の象徴で黒人からは嫌悪されていた南アフリカラグビーチームの愛称「スプリングボクス」とその緑のジャージと金のエンブレムを守り、国民一体の象徴としたのである。
映画にもあったが「スプリングボクス」の名前の存続が危なかった時期だった。黒人はそれほどに白人富裕層のスポーツとしてのラグビーを、そしてその象徴たる「スプリングボクス」を嫌っていたのである。

invictusとスプリングボクス
invictusとスプリングボクス

マンデラ大統領は見事な手腕で、その違いを乗り切りワールドカップの開催を大成功にて成し遂げた。「国民統合」とまでいなかいにせよ、「スプリグボクス」を通じて白人と黒人は大いに盛り上がり、「スプリングボクス」は黒人・白人を乗り越えて「南アフリカ」のナショナルチームとなった
映画ではマンデラ大統領はワールドカップラグビーを通じてのみ描かれていたが、ワールドカップだけでなく「不屈」の連続でそれでも「融和」を説いて政治を進めたのがマンデラ大統領だった。今更ながら驚嘆と尊敬の念を禁じ得ない。

マンデラ氏の入っていた牢獄
マンデラ氏の入っていた牢獄
ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

そんなネルソン・マンデラ大統領が獄中で出会い力を得たというのが、ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの「インビクタス(invictus)」という詩である。
ウィリアム・アーネスト・ヘンリーはイングランドの郊外の人で、1849年に生まれた。この人自身も大きな困難の中で生きた人だった。
ウィリアムは12歳の時、骨結核を患い左足を切断、その後ロンドンに移り住み、ジャーナリストになることを試みるも、病弱なためその後8年間入院生活となり、右足も切断しなければならないほどの危機にまで遭遇する。
やがて結婚をし娘を授かるも、6歳のとき病気で亡くしてしまう。

それほどの人生を歩みながらも力強くつづったのが「インビクタス(invictus)」だった。もう一度、その中にある言葉を引用したい。

I am the master of my fate, I am the captain of my soul
(和訳例)
私は自らの運命の師であり、私は自らの魂の指揮官である

ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

「インビクタス(負けざる者)」という言葉は、この2文を経てより力強くなると思う。「自分は自分の運命を決める師であり、自分の魂の指揮官である」とした上で「負けざる者」でありたい、という思いが、ウィリアムスが表現したことのように思える。
自分で自分の運命を受け入れ、自分の魂をコントロールする気概を持って初めて『負けざる者』として生きていける」、と言うことかと思う。

この部分は原文の最後だけを切り取ったものである。全文は以下の通り。彼の人生を学びつつ原文で読むと、なお意義深く感じる。

インビクタス(invictus)
インビクタス(invictus)

4.伝説の強国といわれた南アフリカラグビーチーム「スプリングボクス」

スプリングボクス」と言えば、ラグビーファンなら皆知っている強豪国の一つである。UK(イギリス)発祥のラグビーにおいて、イングランド・ウェールズ・スコットランド・アイルランドのUKの国々とフランスは伝統的に強いが、南半球にはさらに3強がいる。それが、オーストラリアのワラビーズニュージーランドのオールブラックス、そして南アフリカのスプリングボクスである。

南半球3強
南半球3強

これらの3強は、私が知る限りいつの時代も強い。1995年のワールドカップの頃は私もよくラグビーを見ていた時期で、特にニュージーランドのオールブラックスは強かった。しかも、圧倒的に。

南半球の3強は、完全に頭二つ抜きんでていた。しかし、ワールドカップの第一回・第二回の過去の大会において、南アフリカは出場できなかった弱かったからではない。アパルトヘイトによる人種差別政策により南アフリカ自体が国際社会から制裁を受けていたためである。そのため南アフリカは強いけれども試合に出られない「伝説の強国」と呼ばれる状況であった。

5.1995年当時のスプリングボクスの状況と政治

そんな中で、マンデラ大統領の前のデクラーク大統領アパルトヘイト政策をどんどん廃止していったため、第三回ワールドカップラグビーが1995年に南アフリカで開催されることが決まった。まさに、「アパルトヘイト廃止」の象徴の大会だった。

フランソワ・ピナール主将
フランソワ・ピナール主将(1995年)

しかし、国は大いに混乱している中である。黒人と白人の感情的対立は全く消えていなかった。現在も混乱が多いが、長い歴史の中でそれほど簡単に崩れるものではない。そこに南アフリカでの開催だった。

大会だけ行えばいいのなら問題ないが、やはり強国としてのプライドと国民統合の象徴としての「スプリングボクス」をというマンデラ大統領の思いは強かった。となると、スプリングボクスは「優勝」しないといけない、ということだった。「伝説の強国」としてワールドカップに参加し、かつ開催国となれば、ここでの優勝は非常に重要だった。

その重圧を担ったのが、フランソワ・ピナール主将だった。ピナール主将はマンデラ大統領とも直接接し、その人柄に大いに感動し共感した。それもありマンデラ大統領の情熱もありで、結果的には当時ずば抜けて強かったニュージーランドオールブラックスに勝ったのである。映画もそうだが、現実的にも文字通り「劇的」な優勝であり、大会だった

ピナール主将とエリス杯
ピナール主将 (1995年) とエリス杯

当時試合を見ていたはずの私も、そこまでの背景は知らなかった。ただ、映画を見た後にピナールキャプテンがワールドカップの優勝トロフィーである「ウェブ・エリス・カップ:通称エリス杯(カップ)」を掲げている画像を見て、思い出した。背景を知らないまでも、当時最強のオールブラックスに対峙するスプリングボクスの鬼気迫る試合の興奮を思い出した。

6.2019年ワールドカップ優勝の南アフリカ「スプリングボクス」

シヤ・コリシ主将
シヤ・コリシ主将(2019年)

今年2019年のワールドカップ日本大会で優勝したのも、南アフリカである。そのチームを率いたシヤ・コリシ主将スプリングボクス初めての黒人の主将である。極貧の家に生まれた彼は、若すぎた母ではなく祖母に育てられるがその祖母もコリシ氏が10代の時に他界。その後も苦労に苦労を重ねた中でラグビーの才能に目覚めて、スプリングボクスに選ばれるほどになった。彼が生まれたのは1991年、まさにマンデラ大統領が釈放され活躍し始めた年であり、その4年後の1995年には感動的なスプリングボクスの優勝があった。

コリシ主将がつけた背番号は「6」。フランカーのポジションを表すその番号は、期せずして1995年のフランソワ・ピナール氏と同じであった。

2019年の優勝!
2019年の優勝!

しかし、現実はそれほど簡単ではない。優勝後のコリシ氏のインタビューがそれを物語っているように思える。

僕たちの国にはいろいろな問題がある。何かを成し遂げたいと思ったら、一つになれるんだということを見せたかった。

優勝してもなお、国の難しさを言わざるを得ない状況の中で勝利し、本当に感動的な優勝だった。

7.「インビクタス」という言葉とそれに込められた思い

2019年のラグビーワールドカップに夢中になりながら見ていく中で、「インビクタス」という映画を知った。有名だったらしいが知らなかったのを、たまたまワールドカップでのイングランドと南アフリカの決勝後に見て、この言葉に深く感動した。

映画だけではなく、1995年そしてその24年後の2019年となり、ワールドカップラグビーを通じて、このようなつながりで感銘を受けるとは思わなかった。
そして2013年に故人となったネルソン・マンデラ元大統領の思いに触れることができた。

インビクタスという言葉とともに、その言葉の思いとそれにまつわる人々の人生を、深く自分にもとどめておきたい。
自分は「自分の運命の師」となっているのか、「魂の指揮官」となっているのか。そしてその上で「負けざる者」になれるのか、自分に問いかけてみたい。

「インビクタス」より
I am the master of my fate, I am the captain of my soul
私は自らの運命の師であり、私は自らの魂の指揮官である

 

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コメント

    • のん
    • 2019年 11月 18日

    インビクタス、ずっと昔に見たのですが、詩の作者のことは知りませんでした!スプリングボクスに親しみを持った今、もう一度見たくなりました。

      • てつ
      • 2019年 11月 19日

      是非、もう一回見るのをお勧めするよう。知ってから見るのと、2019年の優勝が南アフリカ、という現在を知りつつ見ると、また感動ひとしおっす!

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