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「東京裁判」は「裁判ですらない」という事実の認識を!~「自虐史観の根源」からの脱出~

裁判ですらない「東京裁判」

「東京裁判」は「裁判」ですらない、という事実を日本人は知り、後世に伝える義務がある!

「東京裁判(極東軍事国際裁判)」と聞いて、暗い気持ちになる人は多いと思う。日本のトップが「A級戦犯」として断罪されたものだった。しかし、この「裁判」は「裁判ですらない」といえる。日本人として知るべき事実として、まとめてみた。是非、ご覧を。

1.「裁判」ですらない「東京裁判」

「東京裁判」に臨む東条英機首相
「東京裁判」に臨む東条英機首相

極東国際軍事裁判:以下 東京裁判(1946~1948年)」と聞けば、ほとんどの人が「悪いことをした日本の軍部が裁かれた裁判」と思うだろう。私も、歴史を深く知るまではそのように認識していた。

しかし、結論から言えば「東京裁判」は「裁判」ですらなく、まったくのデタラメな「劇」に過ぎなかった。もう少し実状を言えば、「戦勝国」と言われる人が集まり、日本を標的にした「復讐の為のセレモニー」といえる。
しかもその「戦勝国」と言われた裁いた側は、アメリカ、ソ連、イギリス、中国(支那)、フランスなどである。いつ日本が支那(中国)に負けたのか、また、ソ連は日本と直接戦争していないのに、なぜいるのか?全くおかしい。

実は、当時からいわゆる「東京裁判」なるものの異常性は指摘されていた。なにが異常なのか。簡単に言えば、「東京裁判」は「裁判の基礎」を全く否定したものであり、「名前だけの裁判」で中身は「法」など無視した「セレモニー」だったからである。
その理由・状況は枚挙にいとまがないが、簡潔に言えば次のようになる。

① 法律上の常識で禁じられる事後法」によって「裁判」が進められた
② 法の平等主義」という、法律で当たり前の概念が全く無視され、日本だけに向けられた。
③ そもそも、①・②を審議する「裁判長」「判事」がまったく中立でない立場の人間であり、「公正に審議」することはそもそも目的ではなかった。

上記を読めば、如何にでたらめなものかがわかる。
少し解説すると①の「事後法」とは、「過去の罪を新しい法律で裁くこと」である。日本に「摘要」された訳の分からない「平和に対する罪」とか「人道に対する罪」とは、ドイツを裁いたニュルンベルク裁判(1945年)に、国際法にも準拠せず何の根拠もなく作られた「罪」であり、しかも戦後に勝手に作ったものである。
その上、「平和に対する罪」など、欧米の方がよほどひどくやってきたのに、あくまでドイツと日本にのみ徹底的にそれを指摘した。それが②の「法の平等主義」の無視である。

前まで許されたことを、あとから「今から禁止だからおまえはダメ」とはどういう論理か。しかも、「おまえ(日本)はダメ」と言っている。これをデタラメといわず何というのか

強権を振るったウェッブ裁判長
強権を振るったウェッブ裁判長

上記だけでも話にならないが、プラスして③がすべてを物語る。「裁判長」といわれるオーストラリアの「ウィリアム・ウェッブ」は、筋金入りの「反日」でいかにして天皇陛下を処刑するかを考えていたと言われる。こんな人が「裁判長」の時点で、このぐだらない「劇」にまったく正当性がないことの証明となる。

しかし、それでも成立した「東京裁判」という名の茶番により、日本の罪が個人にかぶせられ、そして断罪された。

・ A級戦犯として7人が絞首刑
・ 終身刑が16名
・ 「日本が悪い」という結果が「裁判」の形で示された、という事実
・ 世界の歴史に「戦勝国が敗戦国を好きなように裁く」ことが認められた証となった

上記が、「東京裁判」の「結果」である。むしろ論じられべきは、「日本の戦争の罪」ではない。「裁判という名の裁判でない復讐劇が、人類として許されるのか」ということであるそしてそれを指摘した人は、当時からたくさんいた

2.まかり通る不公正な「裁判劇」

では、何が不公正だったのか。事実を学ぶと、「本当か?」と耳を疑う話ばかりである。

・ 日本の弁護副団長の清瀬氏が冒頭で、「ウェッブ裁判長は公正な立場でない」といったら、理由もなく却下された。
・ 出された証拠は、日本側に有利な物はことごとく不採用とされた。
・ 正義を主張したアメリカの弁護士が「原爆投下の罪」について話したら、通訳が途中で切れた上に、記録もされなかった。
・ アメリカの弁護団ですらこの「裁判劇」の異常さに、「これはウェッブ裁判だ!」と言ったほどだった。
裁判ですらない「東京裁判」
裁判ですらない「東京裁判」

冗談とすら思うようなこの手の話は、山ほどある。しかし、戦後はすべて伏されていたし、今でも「嘘」だとか「陰謀論」だとか「レッテルをはっている」といわれるしかし、すべて事実である。しかし、当時の新聞・ラジオはすべてGHQが握っていて、日本国民はこうした事実を知るよしもなかった。それどころか、でっち上げの「南京大虐殺」とか「百人切り」とか、軍の人も知らなかったことを裁判で持ち上げられ、それが報道されて「軍部が悪い」という刷り込みが行われていたのである。
そして、それが今でも続いていると言える。現在の、武漢コロナの「PCR検査」と同様に、国民の扇動に「マスメディア」を利用することは非常に大きな効果がある。国民はそれを信じてしまい、日本国民ですら「軍部への不信」が大きくなっていった。

まさに、「裁判」ではなく「復讐のためのセレモニー」として、それに不利な証言等は全て強権で切り取っていった。全く「裁判」と呼べる物ではなかったのである。

3.それでも正しい主張をした人はいた!

では、当時から誰もその「嘘」を指摘しなかったかと言えば、それは全く違う。日本の弁護団はもちろん、アメリカの心ある弁護士も、海外の常識的な人も「戦勝国の横暴」を指摘していた

パール判事
パール判事

その中でも必ず挙げなければいけないのが、インドのラダ・ビノード・パール判事(博士)である。

私が深く尊敬する人の一人パール博士は、「判事」として「東京裁判」に参加するが、最初から最後まで、この「復讐劇」を批判していた。そして法律家として毅然と判断し、この「復讐劇」で日本を裁くことは出来ない、として「全員無罪」を言い渡した唯一の人だった

パール博士は、日本に同情したのではない。法律家としての正しい判断をしただけだ、と日本人が感謝を述べたときにむしろ反論したほどだった。
パール博士は大東亜戦争を通じた日本を徹底的に検証し、「裁判」に臨んだ。パール博士は日本人として絶対に知るべき人と思う。
ここでは深く触れないが、興味ある人は是非、過去記事等で見て欲しい(➡パール判事の日本無罪論

オランダのベルト・レーリンク「判事」
オランダのベルト・レーリンク「判事」

ここでは、パール博士だけでなく他の人も挙げたい。あえて、日本人は除外して挙げたい。なぜなら、日本人でなくともこの、「東京裁判」を狂っていると思っていた人は相当いた、ことを見て欲しいためである。

オランダのベルト・レーリンク氏は、当初は「戦勝国」の一国として「判事」になっていた。しかし、進むにつれてこの「東京裁判」という茶番がいかにおかしい物かに嫌悪し始める。先のパール判事の影響もあったと言われる
1948年7月に友人に宛てた手紙で、こう綴っている。

多数派の判事の判決の要旨を見るにつけ、私はそこに自分の名を連ねることに嫌悪の念を抱くようになった。これは極秘の話ですが、この判決はどんな人にも想像できないくらい酷い内容です

Wikipediaより

数少ない判事ですらこう言っている「裁判」があるのか?

アメリカの残虐を指摘したブレ句ニー弁護士
ブレクニー弁護士

また、アメリカの弁護士のベン・ブルース・ブレークニー氏は、元軍人でありがなら、日本の弁護に立ったアメリカ人であった。
彼は、当初からこの茶番劇がいかに「醜悪なもの」か熟知し、それを指摘した。すると、なんと、途中で「同時通訳が途切れる」という「アクシデント」が発生する。ここに「東京裁判」という茶番劇のひどさが見える。
彼の発言を取り上げたい。少し長いが、こうした議論があったのかと、非常に重要に思う。

国家の行為である戦争の個人責任を問うことは、法律的に誤りである
何故ならば、国際法は国家に対して適用されるものであって、個人に対してではない。

個人に依る戦争行為という新しい犯罪をこの法廷で裁くのは誤りである。戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争が合法的だからである。つまり合法的人殺しである殺人行為の正当化である。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としてその責任は問われなかった。

Wikipediaより

(以下の発言が始まると、チャーターで定められている筈の同時通訳が停止し、日本語の速記録にもこの部分のみ「以下、通訳なし」としか記載されなかった)

キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も承知している。彼らは、殺人罪を意識していたか?してはいまい。我々もそう思う。それは彼らの戦闘行為が正義で、敵の行為が不正義だからではなく、戦争自体が犯罪ではないからである。何の罪科でいかなる証拠で戦争による殺人が違法なのか。原爆を投下した者がいる。この投下を計画し、その実行を命じ、これを黙認したものがいる。その者達が裁いているのだ。彼らも殺人者ではないか

Wikipediaより

まさに正論であり、ウェッブ「裁判長」にとっては反論できない痛いところだった。しかし、それを通訳を切って記録にも残さないとは、「復讐のためのセレモニー」としてもひどすぎる・・・。

4.何が「A級戦犯」?「BC級戦犯」とは?

今でも言われる「A級戦犯」。では「A級戦犯」とは何か。「A級戦犯」とは「A級犯罪」を犯した人で、「A級犯罪」とは、「平和に対する罪」である。

なお「B級犯罪」とは「通常の戦争犯罪」であり、「C級犯罪」とは「人道に対する罪」である。

これを見て意味が分かる人がいるのか?
しかもA級犯罪とB級犯罪は先に述べた「事後法」で戦後に勝手に定義された。文字通りで、これに該当する人なら、欧米にも支那(China)にも山ほどいる。もちろん日本にもいるが。
しかし、当時はそういう時代でありだからこそ、「現在の法律で過去を裁くことはない」という「事後法」が法律の常識になっているのである。

7人の「A級戦犯」の遺灰が眠る、愛知県蒲郡の「殉国七士廟」
7人の「A級戦犯」の遺灰が眠る、愛知県蒲郡の「殉国七士廟」

日本で「A級戦犯」とされたのは28人。そのうちの7人が絞首刑となった。こんないい加減かつ、適当な「裁判」でつるし上げられても、毅然とした態度であったこの方々を我々はしっかり知らないと行けない。

ただし、もちろん指導者として戦争を負けに導き、結果として日本人を窮地に陥れた責任は、彼らにもあると思う。しかしそれは、「戦勝国」に無茶苦茶な「裁判」で裁かれるものではない。正しい歴史を知った上で、日本人により検証されるべき問題である。
そういう意味で、こうした理不尽な「裁判」であっても、理不尽を知っていても、受け入れた先人達に敬意を示したいと思う。

5.「東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ。」と憂いたパール判事

先にふれたパール判事は、GHQが去った後の日本においても、日本人自身が日本がわるいという「自虐史観」を持ち続け、あるいは、より強くなっていることに深く憂いた。そして、その当事者とのしての責任も感じて、次のように言ったという。

「東京裁判の影響は原子爆弾の被害よりも甚大だ。」

この言葉は、決して他人事として「東京裁判」を述べたのではない。パール博士は、その「当事者の一人」として、「東京裁判」に罪を感じ、できるだけ真実を日本人に伝えようとしていた
こんなエピソードがある。

靖国神社のパール博士の石碑
靖国神社のパール博士の石碑
晩年のパール博士
晩年のパール博士

1952年11月7日、BC級戦犯者の家族が60名ほど福岡消防館で博士を待っていた。
 深い悲しみにつつまれた家族たちを前に、パール博士は沈痛な表情でこう述べた。
 「戦犯といわれるが、決して犯罪者ではありません。全員無罪です。何も罪を犯したのではないのです。恥ずべきことはひとつもありません。世界の人たちも、戦争裁判が間違っていたことを少しづづ分かり始めたようです。しかし、わたくしは、今さらながら自分の無力を悲しみます。
ただご同情申しあげるだけで、わたくしには何もできません。・・・けれど戦犯釈放にはできるだけ努めます。これ以上、罪のない愛する者同士を引き離しておくわけにはいきません。
・・・わたくしは倒れそうです。・・・許してください。」
受刑家族の苦悩を苦悩とする博士は、言葉も途切れがちに、ようやくこれだけ述べて合掌するのみであった

「東京裁判」という「爪痕」は、日本に大きく突き刺さっただけでなく、世界中で「戦勝国がなんでもできる」という前例を作ってしまった。その重大さをパール博士は痛感していたと思う。

6.我々日本人の先人は「大虐殺」などまったくやっていないし、誇るべき軍人だった!

ここでは、詳細は挙げないが、日本の先人達の戦争で決して「虐殺」などという類いの物はなかった。もちろん、局所的な戦闘に対する対応や軍人個人の行為はあったかも知れないが、日本は軍が厳しく統制され、極めて理性的に戦争を進めた。結果、欧米から解放した日本は、むしろアジアの諸国から感謝された。
それは戦後のアジアの国々を見ればわかる。支那(China)・韓国・北朝鮮はまったく別の理由(歴史的・経済的)から「反日国家」だが、他の国は日本によってアジアが開放されたことをよく知っている。

日露戦争は、近代で始めて有色人種が白人に勝利した戦争だが、第一次世界大戦を通じ、そして第二次世界大戦の途中まで、日本は白人の植民地支配に敢然と対抗しそしてそれらの国を開放に導いた。
もちろん日本にも目的があったことは事実である。しかし、私の知る限り日本軍による「組織的な虐殺」などなかった。ほとんどが、支那(China)のでっち上げであり、それを利用した白人による情報操作だった

7.GHQのいない現在で、日本人は正しく日本の歴史を知り、先人の歩んだ道を正しく見よう!

「東京裁判」と言われるものの真実を知ったとき、私は頭に落雷が落ちたくらいの衝撃を受けたことを、よく覚えている。
自分が聞いてきた物はなんだったのか、今まで学んできた歴史は何だったのか、と思った。

しかし一方で、「我々の祖先は、戦争にこそ負けたが、精神は高い意識で戦争に臨んだ」ということが分かってきた。これは東京裁判を見て、それがおかしいと気づいてから、「大東亜戦争」を見ていくと、見えてくる事実である。
日本人を徹底的に敵視し、おとしめた「東京裁判」と「戦勝国」。そして我々の先人は、授業で学んだような歴史を歩まず、誇りある戦争を行っていたと言う事実。
それを日本人が知れば、必ず日本はいい方向に行くと強く信じている。
それほどの先人達に恵まれた国、と誇りを持ちたい。

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コメント

    • 片野鉄雄
    • 2021年 5月 19日

    ありがとうございます。正しい解説、心より感謝申し上げます。‼ 日本国民にこの真実を知ってもらうために努力したいと思います。ありがとうございます。拝

      • てつ
      • 2021年 5月 21日

      こちらこそ、温かいコメントありがとうございます!

      皆で未来のために真実の日本の姿を広めたいですね。頑張ります!

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