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「地球温暖化」は本当か?「脱炭素」は必要か? 無意味な議論からの決別の勧め!

「脱炭素」の行きつく先

「地球温暖化」と「脱炭素」の議論を疑って見ると、無意味な議論の無駄さを知る。そうした無駄な議論に心も時間もとらわれないようにする勧め

「地球温暖化」「脱炭素」という言葉が踊る。「地球は人間のせいで温暖化している」という話は、すべての学者・識者の一致した見解のように話が出来ている。
しかし待って欲しい。マスコミや識者が如何にいい加減で、別の意図を持って議論を誘導しているかは今までいろいろ出てきた。日本の財政破綻の嘘、従軍慰安婦の嘘、南京大虐殺の嘘、日本の「軍国主義」の嘘、武漢コロナの嘘・・・、枚挙にいとまがない。ここで「脱炭素」も「地球温暖化」も立ち止まって、『嘘ではないか?』『本当か?』と考えてもいいと思う。是非、お付き合いいただきたい。

1.でたらめだらけの「地球温暖化」議論と「脱炭素」議論

結論から言えば「地球温暖化」という話は、全くの嘘とは言わないが、ほとんどデタラメのトンデモ議論、あるいは人類がどうこう考えても仕方のない話、と言わざるを得ない。「地球温暖化」がそうであれば「脱炭素」は更に「たち」が悪い。

「地球温暖化」の議論は、私の幼少の頃から言われていた。40年近く前に小学生の私は、「このまま世界は終わっていく」と思い非常に暗い気持ちになったことは、強く覚えている。
そして大人になるにつれ考えは変わっていった。まずはそれを悩んでも仕方がないと思った。そして、更に知るにつれて「嘘だった」と考えるに至った。物を知れば知るほど、その考えに間違いはないと確信している。

下記は環境省が出しているパンフレットである。

このパンフレットを見ても、全く不審しか思わない。何ページもあるが、中身はスカスカと言わざるを得ない。
わざわざ「シロクマ」をイラストに使っているのも、「北極の氷が溶ける」と言いたいらしい。本当にそうなのか?もしくは、シロクマを助けることと、温暖化との因果関係と、明確に言えるのか?
感情論で国策を決めるなど、どう考えてもおかしい。いわゆる「理系脳」の私には到底受け入れがたい。

では、「温暖化議論」のおかしさと、「脱炭素」の異常さを、簡単に見ていきたい。
ここで考えたい論点は大きく2つである。

① 本当に地球は「温暖化」しているのか?
② ①が本当として、その原因が化石燃料の燃焼を中心とした「炭素(二酸化炭素の排出)」というのは本当か?

それでは見ていきたい。

2.「地球温暖化」は本当か?

まず、いつも「温暖化議論」で危機を煽る人達がよく使うグラフを見てみたい。
気象庁のホームーページにある「世界の念平均気温偏差」である。

世界の基本変化(気象庁HPより)

上記の通り、地球の気温が上がっていることは、どうやら正しいようである。ただし、測定の方法は種々あるため必ずしも正確な物かどうかまでは検証は難しい。しかし、さすがに気温までを大幅に改ざんするようなことはないと考えれば、上記は正しいと仮定していいかと思う。
ただし、ここで使われている「平均」や「偏差」に注意を示すべきである。どことどこの平均なのか、偏差はどの式で求められるものなのか、それらを見ずにこのグラフを理解した気になっていては、全くミスリードされてしまう。

次に、予測を加えた気候の上昇を描いたグラフを見て欲しい。

700~2100年までの気温変動(観測と予測)(JCCCAのHPより)

有名なIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change))のグラフである。上記のようなグラフは、昔からあった。私が小学生の時に恐怖を感じ、自分が大人になる頃を非常に暗い気持ちで考えた事を本当によく覚えている。
しかし、グラフをよく見れば、今後の予測の所は、ほとんど想像の世界のグラフということが見えてくる。しかもあまりに「乱暴な予測」に見える。
世の中すべて「1次関数で動いている」とでも言うのだろうか。ものすごく短い周期の期間を延長すればその通りになるかも知れない。しかし、先にも述べたとおり、この手のグラフは私の子供の頃にもあった。それによれば、私が大人になった頃は、冬など「なくなってしまう」くらいの勢いだった。もちろん現在は全くそうなっていない。

こうした「仮定」に基づく議論は「仮定」をどのように置くかでまったく変わってくる。その「仮定」が起こったとしても、気温や気候と言ったありとあらゆる変動要因がある中でそれが予測できるとは思えない。私の幼少のころから、何も議論が進んでいないことが証左である。

下記のグラフを見てほしい。

「仮定」を含めた推移
「仮定」を含めた推移

グラフは2021年までが実測値で、それ以降が予測値のグラフとしてある。会計上でもこのような「仮定」に基づく先の収益等の予想はするが、これほどいい加減な物はないと、常々思う。
このグラフでは、毎年5(百万円)ずつ利益が上がっている会社が、2021年には特需があったかで一気に80(百万円)もの利益が上がったとする。
では、その後の収益予測はどうなるか。

パターンAはその後も「80ずつ増える」ケースである。
パターンBは2021年は特殊だがその後も収益力は強化されているとし、その後は「10ずつ増える」ケースである。
パターンCは2021年のみ特殊で、その後はもとの「5ずつ増える」と仮定した場合である。

当たり前だが、仮定によってその先はどんどん変わっていく。しかもどの仮定も間違ってはいない。しかし、かといえ、どの仮定もその通りになるとは思えない。そんな不確かなものがまるで事実のように見せられる、これが「グラフの力」である。
予測において重要なのは、「結果」ではなく「仮定の確かさ」あるいは「仮定の納得感」である。それが、「温暖化議論」において丁寧にあるいは適切になされているとは到底思えない。私が聞いている範囲でいえば、「仮定」の話はすっとばし「温暖化する前提」で話が進んでいる。

また、「地球の気温」を1000年や2000年という短いスパンで語っていいものか、直感的にそこにおかしさを感じる地球は45億年もの間生き続けていて、人類はその一瞬だけ生息しているだけである。地球の気温という壮大なものを、人類程度の歴史で語り「熱い」だの「寒い」だの言っても意味があるのだろうか

万年スパンの地球の気温変動(Newtonより)
万年スパンの地球の気温変動(Newtonより)
海面温度の推移
海面温度の推移

上記の通り、長いスパンで見ればここ数千年の多少の気温の変動は「誤差」の範囲内にしか見えない。むしろ今は「氷河期」に位置づけられるという学者もいる

また、左記のグラフの通り、海面温度はむしろ低い状態にあるという研究結果も出ている。地球の気温に大きく影響を与える海面の温度も注目に値する。

もちろん、これらのグラフ自体が正しいかどうか、という議論はあるが、少なくともそれなりに正式に出されているもののようである。また「予測値」が入っていない。正しいとまでは言わないまでも、地球の気温というものは人類がどうこうできるものかどうか、考察するに値すると思う。

また、一方で、元NASAで人工衛星による気温観測の権威であるロイ・スペンサー氏により、衝撃的な報告が2021年に出されている

ロイ・スペンサー氏の報告(ロイ氏 HPより)

グラフの縦軸は1991年から2020年までの平均をゼロとした気温偏差である。青丸が毎月の観測値、赤い線は前後13カ月の移動平均である。2021年3月の気温偏差は-0.01度だった。
つまり地球の気温は1991年から2020年までの平均にほぼ戻ったということだ。
これは2021年2月の値+0.20度からの大幅な低下だった。しかし、相変わらずマスコミは一切報じない・・・。

ロイ氏の報告を待たずとも、気温の変動は必ずしも「地球温暖化」一辺倒ではないと言う論拠は多数存在する
しかしこうしたレポートはなぜか大きく報道されない。まるで「地球温暖化という既成事実を作り上げる」かのごとく、「地球は温暖化している」という結論以外は無視されているのである。これが正しい方向性なのか?

ロイ氏の議論がすべてとは言わない。しかし、一方で「地球温暖化」がすべてとも言えないはずである。まるで呪文のごとく「地球温暖化」と言い続けることは、科学でも何でもないのではないだろうか?「思想」あるいは「宗教」になっている。そう思わずにはいられない。

3.「脱炭素」と「温暖化」の因果関係は本当か?

地球温暖化自体に疑義を感じている私にとって、「炭素(二酸化炭素排出)と温暖化の因果関係」などは議論する気も起こらない。しかし一方で、現在の世界のマスコミ・政治の無理やりな論法を学ばないと、どのような「裏」あるいは「真の目的」があるかを考察できない。

その前提の上で、どう考えても「無理矢理つなげた」としか思えない「温暖化」と「脱炭素」である。

「地球の温暖化は人類が化石燃料を爆発的に利用し始めた産業革命に端を発して増えている」、というのは、私も散々聞かされてきた。そして私もそうしたことが地球を痛めている、と本気で考えたこともあった。
下記は、北陸電力のホームページで紹介されているグラフである。

二酸化炭素排出量の推移(北陸電量HPより)
二酸化炭素排出量の推移(北陸電量HPより

よく言われる「産業革命以来、人類は化石燃料を大量に燃やしてきている」ことは事実としてわかるが、それが「=温暖化の原因」と決めつけることは、本当に正しいのだろうか?

太陽と黒点
太陽と黒点

地球の気温を決めるのは、大気中の気温だけではない。むしろ海の温度の方がよほど大きく影響する。また、「温室効果ガス」に代表される大気の中だけでの議論で簡単に「地球の気温」が決まるわけではない。そもそも、地球を暖める「太陽」の動きにより、まったく条件は変わってくる
実は有力な説として、特に「太陽の黒点」の位置や活動状況により、暑さ・寒さが大きく変動する、というものがある。二酸化炭素の議論とはまったく違う論拠である。それによれば「黒点の位置」あるいは「太陽の光線の当たり方の周期」により「温暖化」の方向に進んだり「寒冷化」の方向に進んだりする、という。

にもかかわらず、「二酸化炭素が温暖化の原因」と言われ続けている。「風が吹けば桶屋が儲かる」よりも内容がお粗末な論法と思う。その上、先に述べた通り気温は下がっているという研究結果も出ている。

温暖化論者に逆に聞きたい。
「炭素をどれだけ減らせば温暖化は止まるのか」
「そもそもそんなこと(脱炭素)を人類ができるのか」
「示せないなら、言うな!」

下記の画像を見てほしい。地球の「炭素の量」の推移のグラフと、地球の人口の推移のグラフである。

人口推移と二酸化炭素濃度推移
人口推移と二酸化炭素濃度推移(二酸化炭素濃度は町田コーポレーションHPより

上記のグラフを見れば、「炭素が増えたのは人間が増えたから」と言えないだろうか?二酸化炭素の排出は産業革命以降から増えたと盛んに言われるが、「人口が増えたから増えた」とも十分に言えるグラフではないだろうか。
とすれば、本気で脱炭素を言うのなら地球の人口の議論もあってしかるべきである。

しかしそうした議論は全くない。
こうした事実が「脱炭素」自体が「温暖化」と全く関係ないところで言われていると思わざるを得ない理由である。

4.「脱炭素」というなら、言うべき相手はChina(支那)なのに誰も言わない

極めつけにおかしいと思うのは、そこまで炭素を悪役にするのなら、炭素を多く出している国に働き掛けるべきであるのに何もしていないことである。圧倒的に二酸化炭素の排出が多いChina(支那)に何も言わずして、「脱炭素」も何もあるはずがない。
しかし、ものの見事に、その原因のChina(支那)に対する圧力は、見事なまでに大きくない。そして、なぜか、世界のわずか「3.4%」しか二酸化炭素を排出していない日本が急いで進めようとしている。

国別二酸化炭素排出割合
国別二酸化炭素排出割合

日本が脱炭素を進めても「地球の温暖化」には全く影響を与えない。数字を見れば明らかである。
世界あるいは日本のマスコミのChina(支那)に対する言動と、ほとんど炭素を出さずに優等生でいる日本に対する批判の動きは、どう考えてもおかしい。真面目に「温暖化対策をしよう」と思っているとは思えない。ましてや、「温暖化の原因は炭素である」としても、その「脱炭素」すら、本来の「脱炭素」ではなく、EV車や再生可能エネルギー限定の「脱炭素」になっている。現在の日本の基幹産業たる自動車をつぶし、日本の製造業を弱らせるためにやっているとしか思えない。

【 「脱炭素」の動きのおかしい点 】

 

① 「脱炭素」を「温暖化対策」というが、本当に「温暖化との因果関係」があるかどうか、明確に見たことがない。
② 「脱炭素」というのなら、多く出している国が減らすべきなのに、China(支那)には何も言わず、日本の努力だけが言われている。
③ 「脱炭素」イコールEV車とか自然エネルギーと決めつけることがおかしい。両者は十分に二酸化炭素を排出し環境を破壊するし、代替の方法もあるはずである。

脱炭素、その先のEV車(電気自動車)・脱原発の推進など、完全に科学の議論でなく「感情」で動いているとしか思えない。そして、そういうことを主張する人たちは見事なまでにChina(支那)の現状につては声を挙げない。こうなってくると、やはり「温暖化」とか「脱炭素」とかは言葉だけで、本気で考えていることは別にある、としか思えない。

5.なぜ「地球温暖化」を「気候変動」と言い換える?

最近は「地球温暖化」という言葉に「気候変動」という言葉が混ざるようになった。それは先にも述べた通り「温暖化」と騒いでいたら気温が下がり始めたためである、とも言われる。

「温暖化」を「気候変動」と言い換えれば、「温暖化」と同じくらい「脱炭素」を言って二酸化炭素の悪玉説を言えるからかと思われる。つまり「温暖化」でも「気候変動」でも何でもいいのである。「脱炭素」を言えればいいし、もっと言えば「脱炭素」という名を利用して「中華支配への道」を進んでいるとしか見えない

China(支那)がすべてを裏で動かしている、とは思わない。しかし明らかにChina(支那)に有利、あるいは配慮する形で世界の経済・政治・マスコミが動いていることは、結果を見ていればわかる。
つまり現状の世界の動きとマスコミに行動を見れば、どう考えても「温暖化」と「脱炭素」はつながらず、解決の手段ではないいわんや「温暖化」も怪しいとなれば、「脱炭素」は「違う目的を持った別の手段」と考える方が自然である。

「脱炭素」の行きつく先
「脱炭素」の行きつく先

6.意味のない議論には耳を貸さず、今を楽しく見ていこう!

最近の「脱炭素」はあるラインを越えているように見える。「異常」としか思えない。呪文のように、あるいは「呪い」のように問い続け、人々をミスリードし不安をあおっている。

しかし、少なくとも事実として、「温暖化の原因は二酸化炭素であり、脱炭素をすれば温暖化は抑えられる、と断定できる状況ではない」。となれば、考えてもしょうがないこと、あるいは人類では解決できないことを言っても仕方がない。
つまり、「怖い」「将来が不安」などと考える意味はない。地球の歴史とはそんなもの、として、考えても無駄なことには耳を貸さず、自分の人生を楽しんだ方がよほど良い。

とにかく、「地球温暖化」「脱炭素」について世界中でまったく無意味な議論・行動をしている、という結論でいいのではないだろうか。そして日本こそ、いち早く目を覚まして別の道を行くべきである!

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2017-10-30

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